氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
鬼頭家は太古より存在せし一族で、血統的にはどの鬼族よりも古く、力に恵まれているためそれに比例するように容姿が美しい者が多い。

直系であればあるほど他を寄せ付けぬ圧倒的な力と美貌を備えているため、必然的に朧の目も肥えていた。

その朧の審美眼に適った結果となった氷雨は、雪男という種族の中において最も強く美しく、しかも気性的には外見と同じく冷えた者が多いが――氷雨は違う。

人懐こく無邪気で、親身になって相談にも乗るため――女の影が絶えない。

鬼族は嫉妬深く、その気質も受け継いでいる朧は、今まで氷雨に近付く女が居ると気が気でなかったが、これからは自信を持って構えていようと決めた…ものの――


「私の前でわざと女といちゃつくのはやめて下さいね」


「俺がいつそんなことしたっけ!?ほら、着いたぞー」


夕暮れ前にようやく如月邸に戻った氷雨は、若干いらりとしている顔をした如月に出迎えられて頬をかいた。


「あちこち行ったから遅くなったけど、楽しんできたぜ」


「ほう、観光を楽しんだのか、朧を楽しんだのかどちらだ?」


「へっ?いや…なに言ってんのか分かんねえな」


「朧の顔を見れば分かる。貴様宿に朧を連れ込んで弄んだな?」


「いや、朧は俺の嫁さん!弄んだりしてねえし!」


帰って早々如月に詰られてたじたじの氷雨の腕に引っ付いて離れない朧があまりにも幸せそうな顔をしていたため、すぐに何が起きたのか理解した如月は、鼻を鳴らして腕を組んだ。


「まあいい。朧には早く貴様の子を産んでもらって我が家に養子に……なんでもない」


「養子…?」


如月の傍には泉も居たが、泉はそれについて何も言わず微笑んでいるだけだった。

そんな所にまで話が及んでいるのかと想像以上の深刻さに氷雨が真顔になり、如月はふいっと視線を逸らして中を指した。


「夕餉の支度は出来ている。食って飲んだ後、昨日の続きだ」


養子の件が気にはなったが、空気を読んだ氷雨は何も言わず、朧と共に屋内へ入った。
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