氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
如月から教わることは多く、この仕事量を日々こなしていることには純粋に尊敬を覚えた。

ただし――先程のやりとりが気にかかっていた氷雨は、如月の冷淡な横顔を見つめながら重たい口をようようと開いた。


「お前さ、子が欲しいんだろ?」


「…今はその話はいい」


「よくないって。お前が主さまの弟妹の中で一番先に嫁いだんだから、孫が居てもおかしくないんだ。…泉のことで遠慮してるのか?」


「……泉から聞いたのか?」


ずっと文に目を落としていた如月がようやく顔を上げると、なるべく感情を出さないようにしているのか無表情の如月と目が合い、深刻さはやはり重大だと感じた。


「悪いけど聞いた。泉の体調の問題と家系の問題で子が出来にくいって」


「そういうことだ。それ以上の情報はない」


「お前…兄弟が沢山居るじゃないか。皆に会えなくても頻繁に連絡取ってること、俺も主さまも先代たちも知ってる。小さい子が好きなんだろ?産みたいんだろ?」


殺気を含んだ目でぎろりと睨まれたが、その目の中にたゆたう悲しみや寂しさといった感情を読み取った氷雨は――如月の頭をぽんぽんと撫でた。


「…!何を…する…!」


「できることは全てやったか?泉の身体を調べるには晴明に頼るのが一番だ。相談してみたか?」


「……お祖父様には…頼れない」


鬼頭家初の娘として、晴明にもとても可愛がられていた。

晴明の前では破天荒がなりを潜めて大人しくなり、ああいう穏やかな男が好きなのかと皆で笑い合ったことがある。


「頼ってやれよ。晴明はきっと手掛かりを見つけてくれる。お前の相談を絶対に無下にしたりしない。むしろ喜ぶぜ」


「…ふん、お節介が」


「お節介ついでに晴明にはもう文を出しておいたから、返事じゃなくて晴明自身が乗り込んでくるかも」


「!何故それを早く言わない!」


「いやー、喜ぶかなーと思って」


「逆だ!ああっ、部屋中を掃除しないと!お祖父様に落胆されたくない!」


急にわたわたして部屋を飛び出して行った如月が面白くて腹を抱えて笑った氷雨は、ごろんと寝転んでにやにやした。


「ふうん、やっぱりああいうのが好みなんだな」


にやにやしすぎて様子を見に来た朧に気味悪がられた。
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