氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
実は少しだけ怖かった。

もし自分に子種がなかったら――如月と同じように子を欲しがっている朧が落胆してとても悲しむのではないか、と。

晴明はありとあらゆる術を使い、神仏さえも使役させる力を持ち、あの十六夜さえも晴明を全面的に信頼している。

だからこそ――怖くて、診療の間晴明を食い入るようにずっと見ていた。


「終わったよ」


「で…ど、どうだったんだ?俺は健康だよな?」


「健康そのものだとも。そなたと朧の子にもいずれ会えるだろう」


ぱっと顔を輝かせた氷雨に頬を緩めた晴明は、ぬるま湯で手を洗いながらぐっすり寝てしまっている泉を見遣り、声を潜めた。


「そなたは一度原始の状態に戻り、仮死状態となった。あの時はもう元の姿に戻れないのではないかと私も危惧したけれど、十六夜と息吹がそなたの魂を揺り起こしたのだ。だから彼らへの感謝を忘れるのではないよ」


「忘れてねえよ。口にはなかなか出せないけど本当に感謝してるんだ」


「息吹にとってそなたの存在はとても大きくかけがえのない存在だった。それは色恋抜きのものだが、犬猿の仲の十六夜でさえもそなたを始終傍に置き、信頼していた。いやしかし朧を嫁にやるとはさすがに私も思っていなかったが」


「でも俺…本当に殺されるかと思った…」


ふたりで笑うと、子ができる状態にあると聞いて安堵した氷雨は、寝ている泉の顔を覗き込んで晴明に問うた。


「大丈夫そうか?」


「すぐに良くなるとは言えぬ。まずは相性の良い薬を探し、地道に和温療法を続けることだ。しばらく滞在するが、私は万能故平安町に居ずとも差し支えない」


「はいはい。じゃあ次は如月を診てやるんだろ?」


「そうだねえ、ついでに如月と朧も診よう。悪い箇所があれば治してあげるよ」


頷き合い、がっちり握手を交わした。
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