氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
晴明、朧、氷雨が庭の散策に出た後、如月は鍼治療を終えてなんだかすっきりした表情の泉の傍に座った。


「泉、鍼はどうだった?」


「うん、なんだか身体が軽い気がするよ。胃痛も今はそんなにないかな」


「お祖父様は万能なんだ。だからお前の体調もきっと良くなる」


「僕の不調は産まれた時からなんだから如ちゃんが気に病むことじゃないよ。それより…一縷の望みが見えたというか…君がずっと子を欲しがっているのを知っていて何もできなかったことを心から謝るよ。ごめんね」


――幼い頃出会った。

氷雨に恋をしていた自分は泉の存在を気にもかけなかった。

それでも無理強いすることなく、氷雨を諦めろと忠告することなく、ただ…ただ傍に居てくれた奇特な男だ。

穏やかで怒った姿を見たこともなく、頑なに凝り固まっていた心が徐々に泉を受け入れ始めた時――氷雨という強烈な存在は、心の中から消えていった。


「私が子を産みたいと思った男は泉…お前だけだ」


「あれ?雪男くんは?」


「私は幼すぎた。女として氷雨の子を産みたいと思う前にお前に嫁入りした。だから…お前だけだ、泉」


泉が如月をじっと見つめると、元々照れ屋でつっけんどんな如月は、どんと胸を押して泉を遠ざけた。


「やめろ!顔を見るな!」


「えー?如ちゃん今すっごい可愛い顔してるから見せてよー」


「やめろやめろ!」


その頃氷雨は晴明と朧とぶらぶら散策しながら晴明に朔の様子を問うていた。


「主さま元気にしてるか?ちょっと離れてるだけなのに、なんか俺が胃痛になりそう…」


「元気に見えるがそうでないことは確かだね。そなたが文でも書いて呼び寄せてみてはどうかな?」


「そうだな…朧、どう思…」


「いいと思います!」


鼻息荒く被せてきた朧に氷雨と晴明は笑い、氷雨はその後――朧と共に文を書いた。
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