氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
相変わらず如月から日々の業務を詰め込まれて疲れた氷雨は、春めいた陽気に誘われて客間の障子を開いて風通しを良くすると、束の間惰眠を貪った。

それを見かけた朧もまた氷雨の懐に潜り込むと、条件反射のように身体に腕を回して抱きしめてきた氷雨と共にすやすや。

さらにそれを見かけた如月、顎に手を添えて感心。


「ふむ…本当に凍らないんだな。不思議なものだ」


兄妹全員、氷雨の肌に直接触れてはいけないときつく言われていたし、実際触れたことも何度もあったが――身体の芯から凍えるような冷たさで、すぐ手を離してしまった。

目の前のふたりは何の変化もなく、氷雨の胸に朧の頬が触れていたものの――凍傷もなく、これが奇跡というものかとまじまじ見ていると――


「おや如月、羨ましいのならば今、泉も鍼治療をしている最中だからぐっすり寝ているよ。添い寝してはどうかな?」


「い、いえ、大丈夫です。それより朔兄様はこちらに来てくれるでしょうか」


「ふたりが文を書いていたから来ると思うよ。朔はそなたのことを本当に気にかけていたから飛んでくるのではないかな」


幸せそうに昼寝しているふたりから視線を外した如月は、晴明と共に廊下を歩きながら笑みを履いた。


「私は癇癪持ちだったので兄様たちは苦労したでしょうね」


「手はかかっただろうが、そなたを愛しているよ。ゆるりと話すといい」


――朔のことはもちろんだが、晴明にとても懐いていた如月は、この祖父との会話を続けていたくて、泉の元に戻ろうとした晴明の袖をつんと引っ張った。


「如月?」


「あの…もう少しお話をしませんか?お祖父様ともっとお話ししていたいです」


「いいとも、茶菓子でも用意してくれたらどれだけ長話になっても構わないよ」


晴明もまた如月をとても気にかけていたうちのひとり。

如月の手をそっと握ると嬉しそうに笑ったその笑顔が少し息吹に似ていて、ふたりで長い廊下を手を繋ぎながら歩いた。
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