氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
泉と如月が席を外している間、氷雨から事情を聞いた朔は、吹き出しそうになるのをなんとか堪えていた。


「お前たち…新婚旅行に出たんじゃなかったか?人助けをしてどうする」


「いやあ…見過ごせないじゃん。泉いい奴だし、子を欲しがってる気持ちも分かるし…」


「しかしお祖父様をお呼びしたのはいい選択だったな。あれは妙な所で奥手だから」


昼頃能登に到着した朔はどうやら幽玄町で眠らずここへ来たらしく、欠伸をしていて氷雨に首根っこを掴まれた。


「寝不足で百鬼夜行に行くなよ。主さまの肩には百鬼たちの命が懸かってるんだからな」


「ん…少し寝る。氷雨、お前は傍に居ろ」


「了解」


元よりそのつもりだった氷雨は、押入れから布団と枕を引っ張り出して来て朔を寝かせた。

そして縁側に出て護衛でついて来ていた銀と談笑をしていると、朔はしばらくその様子を見ていたが、いつの間にかすやすや寝てしまった。


「朔兄様ったら…氷雨さんが居ないと熟睡できないんだから」


「んー、そう言われると嬉しいようなそうでないような。つか目の下隈ができてんじゃん」


「多分ほとんど寝ていない。雪男よ、お前の子守がないと眠れんらしい」


――十六夜と息吹の間に産まれた長男は、氷雨にとっても待望の百鬼夜行を継ぐ後継者だった。

産まれてすぐ十六夜から‟教育はお前に任せる”と言われて、その多大な責任に押し潰されるかと思ったが、捨て子だった息吹を育てたことのある経験から、意外と苦労はなかった。


「まあなんていうか、俺の秘蔵っ子っていうか、自慢の弟子だからな。俺の目の黒い…いや、青いうちに嫁を貰ってもらわないと死んでも死にきれねえよ」


すると如月が戻って来て朔の寝顔を見て悶絶。


「さ、朔兄様が寝ている…!お美しい…っ!」


「静かにしろよー、やっと寝たんだから」


氷雨に窘められて舌打ちしつつ、皆で朔の寝顔を見守った。
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