氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
久々にぐっすり熟睡できた朔は、目を擦りながら起き上がって氷雨の所在をすぐ確認した。

氷雨は庭に咲いている花を朧と共にしゃがみこんで愛でていて、ふたりの笑顔は――特に朧の笑顔は光り輝いていて、我が娘のように朧を溺愛してきた朔はそれを喜ばしく思いながらなるべく音を立てず起き上がろうとした。

が…

気配に敏感な氷雨がすぐ振り向いたため、また腰を下ろして跳ねた髪を撫でた。


「起きたな。ん、目の隈も消えてるし、これで無事に百鬼夜行できそうだな」


「無事にとはなんだ失礼な。お前が居なくても無事にやっていた」


「はいはい分かってますよ。如月が飯作ってくれてるから百鬼夜行出る前に食ってけよー」


――父の十六夜は子育てにおいてあまり干渉してこなかった。

だからこそ時々正座させられて父に言われた絶対にしてはいけないこと、しなくてはならないことの掟はほとんど破ったことはない。

逆に氷雨は小さなことから大きなことまで細かく指導してきたため、どちらが父らしいかといえば…


「ところで主さま」


「なんだ」


「俺たち泉のことが気がかりだし、ちょっとここに滞在しようと思うんだ」


「…ああ」


新婚旅行が長引くからしばらく帰れないと言うんだろうなと予想して少し落胆した声色を出してしまって焦った朔が目を上げると、氷雨はにかっと笑って朔の傍に座って身を乗り出した。


「主さまもしばらく滞在していけよ」


「…え?」


「いやほら数日留守にしてる間でその目の下の隈だろ?俺としちゃ主さまのことも気がかりっつーか胃に穴が空きそうだからちょっと考えておいてくれよ」


「…分かった」


もごもご返事をした朔が照れたような笑みを見せるのは、家族間以外では氷雨の前だけ。

朧は澄まし顔を努めて作っている朔の表情ににこにこが止まらなくなって氷雨の腕にむぎゅっと抱き着いた。
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