【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「信じらんない!そんなからかい方する!?」

思わず立ち上がって、翠に詰め寄る。

「いや、嘘じゃないって!ただカヤがあまりにも大人しくなったから、素直だなーって思ったら、思わず……」

「ば、馬鹿にしてるの!?」

「おっと」

心底恥ずかしくなって、今にも手が出そうになったカヤの手首を翠が間一髪で掴む。

ぐぐぐ、と握った拳を翠に近づけようとするが、悔しい事に力では勝てない。

「悪かったから、ちょっと落ち付けって、な?」

必死にカヤなだめようとするその口元は、しかしまだ緩んでいる。


(絶対反省してないだろ!)

ついにもう反対の手も出そうになったが、それも一瞬で翠に捕まれた。

どうにか一発だけでも殴ってやろうと踏ん張りながら、切れ切れに言う。

「翠っ、たまに、人の事っ、……虐めるよね!?なんなの!?」

カヤの怒りの声に、翠はまたもや懲りずに吹き出した。

「だってカヤ、からかうとおもしれーんだもん」

「子供か!」

噛みつくように言った瞬間、何やら遠くから声が聞こえてた。



「――――……様……すい…様……翠様ー!」

同時に、ドタドタドタという激しい足音が近づいてくる。
この騒々しさは、明らかにタケルのものだ。


「ほら、一旦戻った方が良いって!な?」

これ幸い、とでも言うように翠が何度も頷く。

確かにこの今にも翠に殴りかかりそうになっている場面を見られるのは非常にまずい。

「……ふん」

鼻を鳴らし、カヤは渋々翠から離れた。
ホッとしたように息を吐いた翠の表情は見逃さなかった。

その数秒後、

「す、翠様!大変でございますッ!」

部屋の布を破りそうな勢いで、タケルが転がり込んできた。

勢いよく走りすぎたせいか、ゴホゴホと心配なくらい咳き込んでいる。


「何事だ。そなたの大事な剣が折れでもしたか?」

呆れた様子で翠が言うが、タケルはブンブンと首を横に振った。

「ち、違います……ゴホッ、ゴホッ!……そうではなく!」

ようやく言葉が喋れるようになったタケルが、擦れる声で言った。


「り、隣国の使いが……来ております……」


――――ドクン。
心臓が、飛び跳ねた。


欠片も予想していなかったその科白に、カヤは一瞬で血の気が失せるのを感じた。


「……使いだと?目的は?」

眉を寄せながら聞く翠に、タケルは自信なさげな声で答える。

「それが、翠様に直接伝えるとかなんとかで、まだ聞けておりませぬ。ただ……雰囲気的に、あまり芳しくなさそうな匂いは……」

「使者は何名だ?」

「四名です。……一名、かなり位の高そうな者がおりました」

「前持った連絡もせずにいきなり来るとはな……」

目の前で交わされる会話が、右から左へ流れていく。

あっという間に冷や汗が吹き出して、心臓が吐き気を催す程に暴れていた。


(……使者が、ここに?なぜ?本当に?)

この国と隣国は、特に主だった外交は行っていないはずだ。

にも拘わらず、わざわざこの国に?
何か外交関係の事で翠に会いに来たのか?

それとも。
それとも――――取り戻しにきた?




「よし、ひとまず会おう」

そう言って、翠は立ち上がった。
先ほどまでカヤをからかっていたのが嘘のように、その表情は険しい。

「お願い致します」

「タケル。使者は謁見の間に通せ。カヤは……」

ふと、翠の眼がカヤを捕らえる。

「ここで待っていなさい」

翠がそう言葉を落とした刹那、タケルが言い辛そうに口を開いた。

「いえ、翠様……それが……」

「どうした?」

「使いの者が『金髪の娘』も同席せよと……」

「……カヤを?」

不審そうに翠が言葉を落とす。


黙り込んでいるカヤを、当惑した様子の翠とタケルが、じっと見つめた。
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