【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
そしてあくまで低姿勢を貫きながらも、確固とした声で言った。

「翠様。何故今この娘が貴女様の元に居るのかは分かりませんが、正真正銘その者は、我が国が崇める『神の娘』でございます」

その場の雰囲気がにわかにざわついた。
翠を除いた全ての人間の視線が自分に集まっているのが分かる。

顔を上げたら、一体どんな景色が待っているというのか。
そう思うと恐ろしくて、カヤは膝の上で握った拳を見つめることしか出来なかった。


「神の娘とは?すまないが、あまり他国の信仰事情には詳しくなくてね」

それでも翠の声は、いつも通りだった。

それだけが唯一の救いで、ぎゅっと眼を閉じると、ほんの少しだけ現実逃避が出来た気がした。

「……我が国には古くから伝わる伝承がございまして」

真っ暗な視界の中、ハヤセミの声が耳に届いてくる。
皮肉にも、何を話し出そうとしているのかが手に取るように分かってしまった。

「ほう。宜しければ話してくれぬか?」

そう翠が促すと、ハヤセミはゆっくりとした口調で語り始めた。



「古の時代、我が国に天より神が舞い降りました」

――――そう、確かそのお伽噺の始まりは、そうだった。


「その神は、非常に長く美しい金の髪と、そして不思議な力を持っておりました」

ある日唐突に下界に降りた神に、人々は畏怖の念を感じたそうだ。

産まれて初めて見る髪の色に恐れ、深い疑心を持った。
しかしその感情さえ上書きしてしまうほど、神の力は絶大だった。


「彼が手をかざせば荒ぶる空はたちまち落ち着き、彼が流す涙はどのような傷でさえも癒し、彼が歩いた後は枯れた草木さえ息を吹き返したと言われております」

それはそれは、とても強く、そして美しい力。
人々はあっという間に神に信頼を置き、そして頼るようになった。

けれど、人間が皆、純粋な敬意を持つ者だけなはずがない。


「しかしある時、彼の力そのものを欲しがった人間は、その輝く金の髪に力があるのだと信じ、根元から切り落としたそうです」

欲に駆られた馬鹿な人間は、当然報いを受ける。


「すると彼の体は、そのまま土に溶けるように消滅したそうです。そしてその日から七日間、国を壊滅させる程の大雨が降り続けました」

身が千切れるほど後悔しても遅い。
喉が潰れるほど謝罪をしても遅い。

滝のような大雨は一切緩まる事なく、村を、田を水で浸し、氾濫した川は人々を化け物のように呑みこんだ。


「人間達は己の傲慢さを恥じ、消えてしまった神を崇める事にしました。それ以来、その神は我が国の守護神として祀られ続けております」

それはもう神が存在した時代よりも丁寧に敬愛して。
姿も痕跡も無いその神を滑稽なほど拠り所にして、国は栄えて行った。


「……次にまた金の髪を持つ神が舞い降りた暁には、必ずや敬仰すると誓って」


その物語を初めて聴いた幼い頃、背徳を侵した人間たちはなんて馬鹿なんだろうと思った。
けれど今になって気が付く。

それ以上に馬鹿なのは、

「そしてその神こそが、そこに居る娘――――クンリク様なのです」

ただの人間を、偶像崇拝する人間達だ。


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