【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……成程。貴女様のご意向は良く分かりました」

ハヤセミは務めて冷静に振る舞おうとしているようだったが、その声色からは苦々しさが伝わってきた。

「お手数だが、弥依彦殿にもそうお伝え願おう」

だから、すぐに帰れ。
にこやかなはずの翠の口調からは、そんな無言の重圧を感じる。

その様子に、ハヤセミ達はそのまま引き下がるだろうと思った。

しかし予想に反し、彼は懐から一通の書簡を取り出し、翠に掲げた。

「翠様。最後にどうかこの書簡をご覧頂きたく存じます。我が王、弥依彦様からでございます」

「弥依彦殿から……?うむ、目を通そう」

怪訝そうに翠が言うと同時、カヤの隣に座っていたタケルが俊敏に立ち上がった。
そしてハヤセミから書簡を受け取ると、翠に手渡した。

翠はすぐに書簡を開き、無言で眼を通し始める。
その場の誰もが、身動きもせずに翠を見つめ続けた。

やがて

「……分かった」

パタン、と翠が静かに書簡を閉じた。

そして次の瞬間、驚くべき言葉を放った。


「明朝、そなた達と共にこの国を出よう」


思わず耳を疑った。

「なっ……!?」

隣のタケルも、仰天したような声を吐く。
しかしハヤセミ達は、まるで翠の言葉を予想していたかのように、しなりと頭を下げた。

「承知致しました。責任を持って皆さまをご案内いたします」

「ああ、お願いしよう。……今日は我が国でごゆるりと休まれよ。出来るだけの持て成しをさせて頂く」

「有り難く存じます」

「では、屋敷の者に案内をさせよう……ミナト、この者達を客室へお通ししてくれぬか」

少し離れた所に立っていたミナトは、すぐさま「承知しました」と返事をする。
そして部下達と共に、ハヤセミ達を案内すべく部屋から出て行った。

その様子を呆然と見つめていると、

「……さて」

そう言いながら翠がカヤ達を振り向いた。


「私達も部屋に戻ろうか」

にこりと笑った翠の表情は、まるで何事も無かったかのように爽やかなものだった。







「どう言う事でございますか!?」

翠の私室に戻ってきた瞬間、堪えきれない様子でタケルが詰め寄った。

「そう怒鳴るな、タケル」

翠は煩そうにタケルから上半身を放しつつ、手に持っていた書簡をひらひらと振った。

「連中、私がカヤを易々と返すとは思っていなかったのだろう。直接話し合いをしたいので、是非我が国にお越し下さいとの事だ」

「な、なんと……」

愕然としたタケルは、ふと何かを思い出したかのような表情になった。

「しかし、なぜ明日なのですか?さすがに急すぎではございませんか?」

それはカヤも思っていた。
なぜ翠は、いきなり明日この国を発つ事にしたのだろう?


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