【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……誠、なのか?」
恐る恐る確認するような口調だった。
自分の嘘八百が弥依彦を惑わせかけている。
そう感じたカヤは、はやる気持ちを抑えつつもしっかりと頷いた。
「はい……私は貴方様が翠様の陰に埋もれ、その崇高な秘めたる力を発揮する事なく生を終えてしまうのが悲しいのです」
余計な程に悲壮感を漂わせながらそんな科白を吐き、そしてそっと俯く。
精一杯に恥じらう振りをして、目を伏せた。
「なぜなら私は幼き頃から、聡明な弥依彦様をお慕い申し上げていたためです」
さすがにこの嘘は、弥依彦を見ながら口にするのは難しかったからだ。
「なっ……で、でもお前っ、この国から逃げ出したじゃないか!僕を慕ってる癖に逃げ出すなんて意味が分からないぞ!」
弥依彦からの鋭い指摘が飛んできた。
予想していたよりまともな返答が返ってきた事に驚きつつ、カヤは準備していた回答を口にした。
「お恥ずかしながら、弥依彦様を慕う気持ちが年々膨れ上がり自分自身が恐ろしくなってしまったのです。これ以上、貴方様を目に映してしまえば、いつか狂ってしまうのでは、と思いまして……」
言いながら、全身に鳥肌が立つのが分かった。
自分自身に寒気を覚えながらも、必死に表情を崩さないように踏ん張る。
「なるほど……そういう事か。いやまあ、仕方無い。僕のような男は滅多に居ないしな」
どういう意味でそれを言っているのかは敢えて突っ込まない事にした。
「弥依彦様を愛するあまり逃げ出してしまうなんて……今では心から後悔しております」
しおらしく言ったカヤに、弥依彦は「そうか……」と感慨深そうに呟く。
よし、良いぞ。
明らかに傾いている弥依彦の気持ちに、生唾を呑みこんだ時だった。
「でも、今のお前は『神の娘』じゃないんだろ?お前を妻にする事は出来ないんじゃないのか?」
弥依彦が訝し気な表情で言う。
それもまた、カヤが予想していた反応の一つであった。
「仰る通り、私はもう『神の娘』ではありません」
言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
ドクンッ、ドクンッ。
その途端、先ほど壁を伝って来た時と同じくらいに心臓が跳ねあがり始めた。
「しかし『神の娘』としての器はございます」
震える指を抑えつつ、カヤは腰紐をしゅるりと解いた。
はらりと前が肌蹴た衣を、肩から滑らせる。
――――ぱさり。
軽い音を立て、腰紐と衣が床に落下した。
「弥依彦様と私の子供こそ、この世界を統べるに相応しいと思いませんか?」
薄い肌着一枚になったカヤは、そう言って微笑んだ。
弥依彦の口が、ぱかりと開いた。
間抜けな顔が更に間抜けに見える。
瞼に埋もれそうになっている小さな目が、唖然としたようにカヤを見つめた。
「で、でも僕は、翠と契りを……」
喉がカラカラに乾いたような、掠れた声だ。
「よく考えて下さい、弥依彦様!」
被せるようにして、カヤは鋭く言った。
「いつ抱けるかも分からぬ女性を気長に待つのですか?果たしてそれに耐える必要があるのですか?下手すると一生抱けないままかもしれませんよ?本当にそれで良いんですか?明日ではもう遅いのです!今すぐにご決断をされねば間に合いません!」
「ぼ、僕は……」
怒涛のようなカヤの言葉に気圧されたらしく、弥依彦の瞳がゆらゆらと揺れていた。
明らかに迷っている。
はっきりと確信したカヤは、畳みかけるようにして言い放った。
「偉大なる弥依彦様がそのような辛抱をされるなど、私には到底我慢できません!貴方はこの世の全てを望めるお方なのです!」
半ばやけくそになりながら吐いた虚言が功を奏したらしい。
「……偉大な僕が……辛抱……それもそうだ。確かにそうだ、うん」
ぶつぶつと呟いていた弥依彦が、何やら決心したように頷いた。
「そこまで言うなら抱いてやる。ここに横になれ」
丸々とした人差し指が示すは、弥依彦の寝台。
自らが運んだはずの結末なのに、理不尽にもカヤの心に絶望が湧いた。
恐る恐る確認するような口調だった。
自分の嘘八百が弥依彦を惑わせかけている。
そう感じたカヤは、はやる気持ちを抑えつつもしっかりと頷いた。
「はい……私は貴方様が翠様の陰に埋もれ、その崇高な秘めたる力を発揮する事なく生を終えてしまうのが悲しいのです」
余計な程に悲壮感を漂わせながらそんな科白を吐き、そしてそっと俯く。
精一杯に恥じらう振りをして、目を伏せた。
「なぜなら私は幼き頃から、聡明な弥依彦様をお慕い申し上げていたためです」
さすがにこの嘘は、弥依彦を見ながら口にするのは難しかったからだ。
「なっ……で、でもお前っ、この国から逃げ出したじゃないか!僕を慕ってる癖に逃げ出すなんて意味が分からないぞ!」
弥依彦からの鋭い指摘が飛んできた。
予想していたよりまともな返答が返ってきた事に驚きつつ、カヤは準備していた回答を口にした。
「お恥ずかしながら、弥依彦様を慕う気持ちが年々膨れ上がり自分自身が恐ろしくなってしまったのです。これ以上、貴方様を目に映してしまえば、いつか狂ってしまうのでは、と思いまして……」
言いながら、全身に鳥肌が立つのが分かった。
自分自身に寒気を覚えながらも、必死に表情を崩さないように踏ん張る。
「なるほど……そういう事か。いやまあ、仕方無い。僕のような男は滅多に居ないしな」
どういう意味でそれを言っているのかは敢えて突っ込まない事にした。
「弥依彦様を愛するあまり逃げ出してしまうなんて……今では心から後悔しております」
しおらしく言ったカヤに、弥依彦は「そうか……」と感慨深そうに呟く。
よし、良いぞ。
明らかに傾いている弥依彦の気持ちに、生唾を呑みこんだ時だった。
「でも、今のお前は『神の娘』じゃないんだろ?お前を妻にする事は出来ないんじゃないのか?」
弥依彦が訝し気な表情で言う。
それもまた、カヤが予想していた反応の一つであった。
「仰る通り、私はもう『神の娘』ではありません」
言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
ドクンッ、ドクンッ。
その途端、先ほど壁を伝って来た時と同じくらいに心臓が跳ねあがり始めた。
「しかし『神の娘』としての器はございます」
震える指を抑えつつ、カヤは腰紐をしゅるりと解いた。
はらりと前が肌蹴た衣を、肩から滑らせる。
――――ぱさり。
軽い音を立て、腰紐と衣が床に落下した。
「弥依彦様と私の子供こそ、この世界を統べるに相応しいと思いませんか?」
薄い肌着一枚になったカヤは、そう言って微笑んだ。
弥依彦の口が、ぱかりと開いた。
間抜けな顔が更に間抜けに見える。
瞼に埋もれそうになっている小さな目が、唖然としたようにカヤを見つめた。
「で、でも僕は、翠と契りを……」
喉がカラカラに乾いたような、掠れた声だ。
「よく考えて下さい、弥依彦様!」
被せるようにして、カヤは鋭く言った。
「いつ抱けるかも分からぬ女性を気長に待つのですか?果たしてそれに耐える必要があるのですか?下手すると一生抱けないままかもしれませんよ?本当にそれで良いんですか?明日ではもう遅いのです!今すぐにご決断をされねば間に合いません!」
「ぼ、僕は……」
怒涛のようなカヤの言葉に気圧されたらしく、弥依彦の瞳がゆらゆらと揺れていた。
明らかに迷っている。
はっきりと確信したカヤは、畳みかけるようにして言い放った。
「偉大なる弥依彦様がそのような辛抱をされるなど、私には到底我慢できません!貴方はこの世の全てを望めるお方なのです!」
半ばやけくそになりながら吐いた虚言が功を奏したらしい。
「……偉大な僕が……辛抱……それもそうだ。確かにそうだ、うん」
ぶつぶつと呟いていた弥依彦が、何やら決心したように頷いた。
「そこまで言うなら抱いてやる。ここに横になれ」
丸々とした人差し指が示すは、弥依彦の寝台。
自らが運んだはずの結末なのに、理不尽にもカヤの心に絶望が湧いた。