【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤは必死にこの後の工程を想像しようとしたが、気持ち的にも知識的にもそれは不可能だった。

果たしてそれ以上の拷問が在るだろうか?
いや、無い。

「つ、次は……」

何をするんだろう?知るわけが無かった。
カヤが言葉に詰まるっていると、弥依彦が「いや待てよ」と呟く声がした。

「分かったぞ、お前の服を脱がせるんだな!」

ああ、そう言われてみれば順番的にはそうなのかもしれない。
そうカヤが感じた瞬間には、もう弥依彦の指が肌着に掛かっていた。

「ぬ、脱がせるぞ」

鼻息荒く言った弥依彦から、ぷうんと酒の匂いが漂ってきて鼻をついた。
なんとも嫌なその臭いに、思わず呼吸を止める。

(翠の匂いとは大違いだ)

失意の中、そんな全く関係の無い事が頭をよぎった。

祭事の時も、先ほど抱きしめられた時も、いつだって鼻をくすぐったあの甘い香り。
せめて弥依彦からあの香りがしてくれれば、耐えられるかもしれないのに。

いや、駄目だ。
この現実から逃げるために、翠を利用するのはやめよう。


「……はい、どうぞ」

そうやって諦めに似た科白を吐いた時だった。



「――――……弥依彦様?起きておられますか?」

入口から聞こえてきた声に、息が止まりかけた。

「ハ、ハヤセミっ……!?」

弥依彦が弾かれたように身体を起こす気配がした。

カヤは、意地でも弥依彦の裸体を見ないようにしながら、薄っすら眼を開けて部屋の入口を見やった。

入口に掛かっている布は捲られてはいない。
が、どうやら布のその向こう側に、ハヤセミが佇んでいるらしかった。

弥依彦が眠っていると思っていたらしいハヤセミが、意外そうな声を出す。

「おや、起きておられたのですね。少々よろしいですか?翠様が祝言のお打合せをされたいとの事なのですが……」

「いやっ、待て、待ってくれ。今は無理だ!朝にしろと伝えろ!」

異常なくらい焦った様子の弥依彦に、不本意ながらカヤも同じ思いだった。

今の現状を見られれば一体どうなるか。
想像しただけで血の気が引く。

「しかし……」

「良いから下がれ!」

懇親の力で弥依彦が叫ぶと、ハヤセミは黙り込んだ。

(お願いだ、そのまま去ってくれ……!)

祈るカヤの耳に、布の向こう側から何やらひそひそとした小声の会話が聞こえてきた。
どうやら、その場にはハヤセミ以外の人間も居るらしかった。

そしてしばしの静寂の後。
次にカヤ達に呼びかけて来たのは、ハヤセミの声ではなかった。


「弥依彦殿、夜分遅くにすまないが」

くらり。
聞き覚えのある声に、カヤの意識が遠のきかけた。

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