【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠と弥依彦が飲み交わしたあの酒には、正真正銘の毒が入っていた。


何の毒かと言われると、春の祭事で翠がお祈りに使ったあの白い花―――雪中花である。

あの雪中花は、根を煎じると万能薬として使えるのだが、量を間違えると猛毒となるそうだ。

症状としては、嘔吐、痙攣、不整脈、悪心などなど、耐えがたい苦痛を引き起こし、そして大量に摂取すれば命をも奪う。


しかし、そんな雪中花の毒を解毒する果実が、たった一つだけある。

それが祭事の時にカヤとナツナが露店で買ったチカータだ。
熟してしまったチカータに解毒の作用はなく、それは熟れる前の青いチカータに限るそうだ。

熟れる前のチカータを予め体内に取り込んでおくと、雪中花の毒を中和してくれるため、苦しむ事も無い、と翠は言った。

雪中花は大変に希少で、根に毒がある事もあまり知られていない。
ともすれば、それ以上に希少なチカータが解毒になる事は、ほとんど知られていないそうだ。

そのため翠の国では、昔から毒殺用の手段としてひっそりと使用されていたらしい。


主な使用方法として、まずは怪しまれないように自分が毒入り酒を飲み、そして始末したい相手にも飲ませる。
勿論事前に熟れる前のチカータを大量に摂取しておく事が必須条件だ。

するとなぜか、しばらく経つと相手だけが苦しみに悶え、死んでいく。

かくして誰もその酒が死因とは思わず、理由は分からず仕舞い―――と言うのが常套手段らしかった。


"まあ、私が使ったのは今回が初めてだけどな。私は"―――と言うのは翠の言葉だ。

付けたされた感の否めない"私は"の部分が大変に気にはなったが、カヤは敢えて聞き流す事にした。
知りたくも無い闇に片足を突っ込むのは勘弁したい。


と、まあそれを知っていた翠とタケルは、国を出る前の日に相談し合い、その毒酒を使う事を決めた。

なぜならば、奇跡的に台所にチカータがあったためだ。
祭事でチカータを初めて口にしたクシニナが取り寄せていたそうだ。

ちなみに毒酒は、恐ろしい事に今まで翠の部屋の祭壇の下に置かれていたらしい。
別に呑まないだろうが、偶然自分が見つけてしまわなくて本当に良かったとカヤは心から思った。


台所にあったチカータは量的には少なかったのだが、今回はあくまでも弥依彦達に、翠とカヤを諦めてもらうのが第一目的だった。

そのため2人は弥依彦の命を奪うつもりは無く、酒の量を命を奪わない程度にまで減らした。

その分、翠が食べるべきチカータの量も減る事にはなるのだが、やはり確実に必要となる量には僅かに届かなかったそうだ。

翠が多少苦しむ事にはなるが、それでもあの時間が足りない中では、一番の最善策だと2人は考えた。



かくして、多少不安は残るものの、2人の準備はほぼ万端と言って良かった。

――――の、だが。
実際に蓋を開けてみると、翠達にとっては予想外の事が三つあった。

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