【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「正しい事だったとは言わぬ。だが、私は意志を持って行動した。それをお前に理解してもらおうなどとは微塵も思ってはおらぬ!」
カヤが吐いた正論など、小さな子供の戯言だとでも言うように跳ねのけるのだ。
「莫大な富が無ければ翠様の後ろ盾には成れない。私達、豪族の財がそのまま翠様の繁栄に、ひいてはこの国の繁栄に繋がるのだ。お前のような小娘には、まだそこまで見えぬだろうよ?」
悔しかった。
膳の行いは絶対に正しくないと言えるのに、真向から否定出来ない。
確かにカヤには見えていないのだ。
国の水面下で誰がどう行動し、この国を動かしているかなど何も知らない。
だから、反論する術も知らない。
それ、でも。
「……っだからと言って、翠様はお前がしたような行いを望みやしない!」
「ああ、望まぬだろうな!そのような事ぐらい分かっておるわ!」
噛み付くようなカヤの言葉に、膳が喰い気味に叫んだ。
分かっているならどうして。
またもやただの正論を投げつけようとしたカヤは、口を噤んだ。
膳が、えも言えぬ表情になった事に気が付いたのだ。
「……あのお方は優しすぎるのだ」
知っている。翠はとても優しい。
国のためなら、民のためなら、当然のように自己を犠牲にする人だと、カヤは知っている。
「綺麗事だけでは善政は施せない……必ず汚れ役となる者が必要となる。私は、あのお方に変わり、自らそれを引き受けていただけの事!」
そして、もしかしたら翠のそんな人間性を、膳の方が多く目の当たりにしてきたのではなかろうか。
カヤは完全に黙り込んでしまった。
ずっとずっと、膳を愚か者なのだと蔑んでいた。
私欲のために罪を犯して、なんて欲深い男なのだと、激しい嫌悪感を持っていたのだ。
しかしあろう事か、今になってその感情とは別の感情がじわじわと湧き出し始めてきてしまった。
(この男は、翠の与り知らぬ所で、翠を支えようとしていたと言うのか)
カヤは膳が殺したいほど憎くて、そして膳もまたカヤに対して負の感情を持っているだろう。けれど。
(……すべては、翠のために?)
皮肉な事だった。
永遠に相容れない間柄であろう膳とカヤの間にも、確かに共通の感情が存在しているのだと悟ってしまった。
形は違えど、あの人を想うこの感情―――――
「……翠様は、あのまま何も気が付かずにおられれば良かったのだ」
感情が高ぶっていた先ほどの態度とは打って変わり、膳は静かに静かにそう言った。
その視線が、ゆらりとカヤに向けられる。
「それを、お前が来たせいで全ての均衡が崩れた。この国は、傾国への道を歩み出してしまった」
膳が何を言っているのか、分からなかった。
確かにカヤが現れなければ、きっと膳の悪行は未だ続いていただろう。
しかし何故カヤと言う存在が、この国を傾国へと導くと言うのだ。
「だが、まだ間に合う……全て失った私でも、あのお方のために出来る事がある……私は、この国を救うのだ……」
ぶつぶつと呟きながら、膳が右手を左腰に伸ばした。
そして鞘からゆっくりと剣を引き抜くと、それを真っすぐ向けてくる。
「娘。お前はここで死ね」
死の宣告は唐突だった。
カヤは咄嗟に顔を左に傾けた。
―――――ダァンッ!
次の瞬間、耳元で激しい音が鳴った。
カヤが吐いた正論など、小さな子供の戯言だとでも言うように跳ねのけるのだ。
「莫大な富が無ければ翠様の後ろ盾には成れない。私達、豪族の財がそのまま翠様の繁栄に、ひいてはこの国の繁栄に繋がるのだ。お前のような小娘には、まだそこまで見えぬだろうよ?」
悔しかった。
膳の行いは絶対に正しくないと言えるのに、真向から否定出来ない。
確かにカヤには見えていないのだ。
国の水面下で誰がどう行動し、この国を動かしているかなど何も知らない。
だから、反論する術も知らない。
それ、でも。
「……っだからと言って、翠様はお前がしたような行いを望みやしない!」
「ああ、望まぬだろうな!そのような事ぐらい分かっておるわ!」
噛み付くようなカヤの言葉に、膳が喰い気味に叫んだ。
分かっているならどうして。
またもやただの正論を投げつけようとしたカヤは、口を噤んだ。
膳が、えも言えぬ表情になった事に気が付いたのだ。
「……あのお方は優しすぎるのだ」
知っている。翠はとても優しい。
国のためなら、民のためなら、当然のように自己を犠牲にする人だと、カヤは知っている。
「綺麗事だけでは善政は施せない……必ず汚れ役となる者が必要となる。私は、あのお方に変わり、自らそれを引き受けていただけの事!」
そして、もしかしたら翠のそんな人間性を、膳の方が多く目の当たりにしてきたのではなかろうか。
カヤは完全に黙り込んでしまった。
ずっとずっと、膳を愚か者なのだと蔑んでいた。
私欲のために罪を犯して、なんて欲深い男なのだと、激しい嫌悪感を持っていたのだ。
しかしあろう事か、今になってその感情とは別の感情がじわじわと湧き出し始めてきてしまった。
(この男は、翠の与り知らぬ所で、翠を支えようとしていたと言うのか)
カヤは膳が殺したいほど憎くて、そして膳もまたカヤに対して負の感情を持っているだろう。けれど。
(……すべては、翠のために?)
皮肉な事だった。
永遠に相容れない間柄であろう膳とカヤの間にも、確かに共通の感情が存在しているのだと悟ってしまった。
形は違えど、あの人を想うこの感情―――――
「……翠様は、あのまま何も気が付かずにおられれば良かったのだ」
感情が高ぶっていた先ほどの態度とは打って変わり、膳は静かに静かにそう言った。
その視線が、ゆらりとカヤに向けられる。
「それを、お前が来たせいで全ての均衡が崩れた。この国は、傾国への道を歩み出してしまった」
膳が何を言っているのか、分からなかった。
確かにカヤが現れなければ、きっと膳の悪行は未だ続いていただろう。
しかし何故カヤと言う存在が、この国を傾国へと導くと言うのだ。
「だが、まだ間に合う……全て失った私でも、あのお方のために出来る事がある……私は、この国を救うのだ……」
ぶつぶつと呟きながら、膳が右手を左腰に伸ばした。
そして鞘からゆっくりと剣を引き抜くと、それを真っすぐ向けてくる。
「娘。お前はここで死ね」
死の宣告は唐突だった。
カヤは咄嗟に顔を左に傾けた。
―――――ダァンッ!
次の瞬間、耳元で激しい音が鳴った。