【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(……見逃しちゃって良かったのかな)
もしも、あの時ヤガミに嘘を付かなければ、きっと女性は捕らえられていただろう。
そうすれば、こうしてタケルが気を病む必要もなかった。
しかし、やはりカヤには、どうしてもあの人がそんなに悪い人には見えなかった。
ただ美しかったと言う理由だけでそう思うのは愚かだろうが。
「うちの兵からここまで逃げ続けるとはな……かなりの手練れではないか。凄いな」
命を狙われていたかもしれない当の本人は、あっけらかんと言う。
「な、何を呑気な……」
「……思うのだが、そこまで深追いはしなくても良いのではないか?」
「捕らえなければいけないに決まっているでしょう!私は心配でオチオチ夜も寝ていられませんぞ!」
「とは言ってもな。姿を見た者の話では女だったそうではないか。あまり神経質になる必要も無いだろう」
温度差が激しい兄弟間のやり取りを見つめていたカヤは、翠の発言に心が躍った。
カヤは、あの白い女性と出会った事を、翠も含めて誰にも話していなかった。
そのため、チクチクとした罪悪感にこの数日ずっと苛まれていたのだ。
大変に自己中心的な考えではあるが――――このまま、あの女性への追跡を止めて欲しいと言うのが本音だった。
出来れば全て無かったことにしたかったのだ。
タケルは大きく溜息を吐くと、相変わらず厳しい目付きのまま言う。
「正しくは『女だったように見えた』です。そりゃあ翠様の腕前でしたら、そこらへんの男にだって、そう簡単にやられたりはしないでしょうが……」
そこで言葉を切ったタケルが、ふとカヤを見やった。
「目的は貴女様とは限りません。カヤかもしれないのですぞ」
しまった、そう来るか。
「それは無いです!絶対に!」
間髪入れずに否定したカヤを、二人は少し驚いたように見つめた。
「なぜそう言い切れるのだ?」
訝し気にそう尋ねてくるタケル。
その隣で、翠が先ほどまでのやる気無さげな表情を一瞬で取っ払っていた。
話の矛先がとても嫌な方向に向いてしまっていた。
「な……なぜと言いますと……」
私が狙いなら、あの時とっくに殺されているからです――――などと口が裂けても言えるはずが無く。
「なんとなく……です」
馬鹿げたカヤの発言は、到底理由にはならなかった。
「よし、タケル。必ず間者を捕らえろ」
「ですからそう言っているではありませぬか」
いきなり方向転換した翠に、タケルが呆れたような表情を浮かべた。
その隣で、カヤは人知れず肩を落とした。
(ああ……なぜこうなる……)
嘘を付くと、ろくな事が無いらしい。
「……はあ」
「辛気臭いツラしてんじゃねえよ」
大きな溜息を付いたカヤに、ミナトから突っ込みが飛んできた。
いささか厳しい物言いではあるが、とっくに慣れきっていたカヤは「ごめん」と軽く言葉を返す。
山々の隙間に太陽が沈みかけている夕刻、二人は馬達の身体を洗っていた。
もしも、あの時ヤガミに嘘を付かなければ、きっと女性は捕らえられていただろう。
そうすれば、こうしてタケルが気を病む必要もなかった。
しかし、やはりカヤには、どうしてもあの人がそんなに悪い人には見えなかった。
ただ美しかったと言う理由だけでそう思うのは愚かだろうが。
「うちの兵からここまで逃げ続けるとはな……かなりの手練れではないか。凄いな」
命を狙われていたかもしれない当の本人は、あっけらかんと言う。
「な、何を呑気な……」
「……思うのだが、そこまで深追いはしなくても良いのではないか?」
「捕らえなければいけないに決まっているでしょう!私は心配でオチオチ夜も寝ていられませんぞ!」
「とは言ってもな。姿を見た者の話では女だったそうではないか。あまり神経質になる必要も無いだろう」
温度差が激しい兄弟間のやり取りを見つめていたカヤは、翠の発言に心が躍った。
カヤは、あの白い女性と出会った事を、翠も含めて誰にも話していなかった。
そのため、チクチクとした罪悪感にこの数日ずっと苛まれていたのだ。
大変に自己中心的な考えではあるが――――このまま、あの女性への追跡を止めて欲しいと言うのが本音だった。
出来れば全て無かったことにしたかったのだ。
タケルは大きく溜息を吐くと、相変わらず厳しい目付きのまま言う。
「正しくは『女だったように見えた』です。そりゃあ翠様の腕前でしたら、そこらへんの男にだって、そう簡単にやられたりはしないでしょうが……」
そこで言葉を切ったタケルが、ふとカヤを見やった。
「目的は貴女様とは限りません。カヤかもしれないのですぞ」
しまった、そう来るか。
「それは無いです!絶対に!」
間髪入れずに否定したカヤを、二人は少し驚いたように見つめた。
「なぜそう言い切れるのだ?」
訝し気にそう尋ねてくるタケル。
その隣で、翠が先ほどまでのやる気無さげな表情を一瞬で取っ払っていた。
話の矛先がとても嫌な方向に向いてしまっていた。
「な……なぜと言いますと……」
私が狙いなら、あの時とっくに殺されているからです――――などと口が裂けても言えるはずが無く。
「なんとなく……です」
馬鹿げたカヤの発言は、到底理由にはならなかった。
「よし、タケル。必ず間者を捕らえろ」
「ですからそう言っているではありませぬか」
いきなり方向転換した翠に、タケルが呆れたような表情を浮かべた。
その隣で、カヤは人知れず肩を落とした。
(ああ……なぜこうなる……)
嘘を付くと、ろくな事が無いらしい。
「……はあ」
「辛気臭いツラしてんじゃねえよ」
大きな溜息を付いたカヤに、ミナトから突っ込みが飛んできた。
いささか厳しい物言いではあるが、とっくに慣れきっていたカヤは「ごめん」と軽く言葉を返す。
山々の隙間に太陽が沈みかけている夕刻、二人は馬達の身体を洗っていた。