【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「毎度ありぃ!」
「また良い商品が入ったら頼むぞ」
金貨が入っているらしい袋を小太りの男に渡すと、膳はカヤの腕を乱暴に掴み、立ち上がらせた。
「い、つ……!」
粗暴な力に、思わず痛みの声が漏れる。
「ほう。お前、口が聞けるのか」
意外そうに言われるが、鼻で笑いながら言われたそれは、完全にこちらを馬鹿にしていた。
「自分で歩けるんで、触らないでくれますか」
憎悪を含んで重たくなった腹の内を、吐き出すように言う。
その態度が気に食わなかったのか、思い切り頬をぶたれた。
(……またこれか)
諦めに似た心が湧く。
じくじくとしたその痛みを逸らしたくて、また唇を噛む。
噛みすぎた唇から血の味がした。
「お前のような気味の悪い髪の娘を買ってやったのだ。感謝しろ」
膳に引っ張られながら、よろめくように道を歩かされる。
遠巻きにあった人波に近づくと、まるで2人を避けるかのように村人が道を開けた。
「……絶対に、お前には私を買わせない」
ぽつりと吐き捨てたのは、ちっぽけな宣戦布告。
「何をおかしな事を」
小気味に笑うその顔を射殺さんばかりに睨み、ゆっくりと顔を上げた。
好奇心の塊とでも言うような村人達の視線が身体中に注がれていた。
一部の隙も無い程にずらりと並ぶ黒髪が、大きな悪意の塊になって、牙を剥いてくるよう。
呑まれそうになる。
けれど、下は向かない。出来るだけ天を仰ぐ。
(一生馴染めないとは分かっているけれど)
黒に呆気なく塗り潰されてしまうのは、嫌だ。
ふ、と何か違和感に気が付いた。
村人達の喧噪が、僅かに静かになった気がしたのだ。
辺りを見回すと、なぜか皆、一様に同じ方向を向いていた。
カヤの方では無い。なぜかカヤが今から向かうはずだった道の先を見ている。
(……なんだ?)
膳とカヤを避けるようにして出来ていたその道を、誰かが歩いてくるのが見えた。
「あ、あれは……」
膳が驚愕したように呟く。
カヤの腕を鷲掴みにしている掌が、小刻みに震えたのを感じた。
その『誰か』は、どうやら二人だった。
一人は非常に大きな身体をしている。
のっしのっしと大股でゆっくり歩くその姿は、まるで熊のようだ。
カヤは更に眼を凝らした。
もう一人の方は、その図体のでかい男に隠れてよく見えないため、細身の人物だという事だけは分かった。
「翠様だ……」
「なぜこんなところに……」
戸惑いの声と共に、村人達は地面に跪き始める。
なんと、膳でさえも。
やがてカヤ以外の全員が頭を垂れた頃、――――その『誰か』は、カヤの近くで足を止めた。
「これはなんの騒ぎだ」
図体が大きい方の男が、野太い声で言い放った。
なんとも見目に相応しい声だ。
黒くて固そうな髪を後ろで結い、これまた太くがっしりとした眉の下の眼は、厳しく膳を見下ろしている。
「タ、タケル様……これはこれは、村にいらっしゃるとは珍しい」
膳が焦ったように言う。
『タケル』と呼ばれた男は、ピクリとその眉を動かした。
「私は何をしているのだと聞いたのだ。よもや禁じられている人の売買をしようとしていたわけではあるまいな?」
「いえいえ、売買など滅相もない!」
「では、その娘は?」
タケルの眼が間抜けに突っ立ったままのカヤを向いた。
怪しむように細められた眼が、金の髪、顔、そして縛られている手を順に見据える。
「また良い商品が入ったら頼むぞ」
金貨が入っているらしい袋を小太りの男に渡すと、膳はカヤの腕を乱暴に掴み、立ち上がらせた。
「い、つ……!」
粗暴な力に、思わず痛みの声が漏れる。
「ほう。お前、口が聞けるのか」
意外そうに言われるが、鼻で笑いながら言われたそれは、完全にこちらを馬鹿にしていた。
「自分で歩けるんで、触らないでくれますか」
憎悪を含んで重たくなった腹の内を、吐き出すように言う。
その態度が気に食わなかったのか、思い切り頬をぶたれた。
(……またこれか)
諦めに似た心が湧く。
じくじくとしたその痛みを逸らしたくて、また唇を噛む。
噛みすぎた唇から血の味がした。
「お前のような気味の悪い髪の娘を買ってやったのだ。感謝しろ」
膳に引っ張られながら、よろめくように道を歩かされる。
遠巻きにあった人波に近づくと、まるで2人を避けるかのように村人が道を開けた。
「……絶対に、お前には私を買わせない」
ぽつりと吐き捨てたのは、ちっぽけな宣戦布告。
「何をおかしな事を」
小気味に笑うその顔を射殺さんばかりに睨み、ゆっくりと顔を上げた。
好奇心の塊とでも言うような村人達の視線が身体中に注がれていた。
一部の隙も無い程にずらりと並ぶ黒髪が、大きな悪意の塊になって、牙を剥いてくるよう。
呑まれそうになる。
けれど、下は向かない。出来るだけ天を仰ぐ。
(一生馴染めないとは分かっているけれど)
黒に呆気なく塗り潰されてしまうのは、嫌だ。
ふ、と何か違和感に気が付いた。
村人達の喧噪が、僅かに静かになった気がしたのだ。
辺りを見回すと、なぜか皆、一様に同じ方向を向いていた。
カヤの方では無い。なぜかカヤが今から向かうはずだった道の先を見ている。
(……なんだ?)
膳とカヤを避けるようにして出来ていたその道を、誰かが歩いてくるのが見えた。
「あ、あれは……」
膳が驚愕したように呟く。
カヤの腕を鷲掴みにしている掌が、小刻みに震えたのを感じた。
その『誰か』は、どうやら二人だった。
一人は非常に大きな身体をしている。
のっしのっしと大股でゆっくり歩くその姿は、まるで熊のようだ。
カヤは更に眼を凝らした。
もう一人の方は、その図体のでかい男に隠れてよく見えないため、細身の人物だという事だけは分かった。
「翠様だ……」
「なぜこんなところに……」
戸惑いの声と共に、村人達は地面に跪き始める。
なんと、膳でさえも。
やがてカヤ以外の全員が頭を垂れた頃、――――その『誰か』は、カヤの近くで足を止めた。
「これはなんの騒ぎだ」
図体が大きい方の男が、野太い声で言い放った。
なんとも見目に相応しい声だ。
黒くて固そうな髪を後ろで結い、これまた太くがっしりとした眉の下の眼は、厳しく膳を見下ろしている。
「タ、タケル様……これはこれは、村にいらっしゃるとは珍しい」
膳が焦ったように言う。
『タケル』と呼ばれた男は、ピクリとその眉を動かした。
「私は何をしているのだと聞いたのだ。よもや禁じられている人の売買をしようとしていたわけではあるまいな?」
「いえいえ、売買など滅相もない!」
「では、その娘は?」
タケルの眼が間抜けに突っ立ったままのカヤを向いた。
怪しむように細められた眼が、金の髪、顔、そして縛られている手を順に見据える。