【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「それにしても、良く追手を掛けなかったな」

意外そうに翠が言った。

「掛けるつもりでございましたよ。夕刻までにお戻りにならなければ、ですが」

「夕刻?」

不思議そうに首を捻った翠に、タケルは懐から一枚の文を取り出し手渡した。

「カヤからの置き文がありました。本日の夕刻までには必ず戻るので、それまで待って欲しい、と」

そうなのだ。
カヤは、翠と馬小屋で待ち合わせる前に、大急ぎでタケルに文を書き、部屋の前に置いておいた。

タケルが追手を掛けないかは、正直なところ五分五分だと思っていたのだが、どうやらカヤの言葉を信用してくれたらしい。

カヤは床に手を付き、タケルに向かって感謝の意を込めて深々と頭を下げた。

「ご厚情を頂き、本当にありがとうございました」

「うむ」

タケルが頷いた時、丁度隣で翠が読み終えた文を畳んだ。

「そうか……カヤは、最初からそのつもりだったんだな」

「ごめんね、騙すような事をして……」

元から、あのまま大陸へなんて行くつもりは無かった。

ただ心が迷子になって道を踏み外しかけていた翠に、どうにかしてもう一度元の道に戻ってきた欲しかったのだ。

この美しい国と、そこに住まう民を守ってきたのは――――そしてこれからも守っていかねばならないのは、貴方なのだと。

我ながら惨い事をしてしまったのかもしれない。

追い込まれてしまった翠を救うような振りをしておいて、結局はまた此処に連れ戻してしまった。


申し訳なさで俯けば、翠は「いいや」と首を横に振る。

「まったく、カヤには勝てないよ」

ありがとう、と。
そんな言葉と共に、ぽんぽん、と軽く後頭部を撫でられる。

次にカヤが頭を上げた時、翠は既に真面目な表情でタケルに顔を向けていた。

「タケル。至急、高官達に召集を掛けてくれないか」

「……腹が決まったのですな?」

「ああ。必ずや高官達を納得させてみせる」

きっぱりと翠が言い切れば、タケルは即座に立ち上がった。

「承知致しました。では今夜集まるよう急ぎの伝令を出しましょう」

「頼むよ」

タケルが足早に部屋を出て行き、その背中を見送った翠は、カヤに向き直った。

「カヤも一緒に審議に来てほしいんだけど、良いか?」

「へ?私?」

仰天するような言葉に、カヤは思わず自分自身を指差した。

国の重要機密を扱う事が多い審議には、いくら世話役と言えどカヤは同席した事が無かった。

自分なんかが審議の場に居てしまっても良いものなのだろうか。


「カヤにも見届けてほしいんだ」

しかしカヤの懸念をよそに、翠は力強くそう言う。

大いに戸惑いながらも、カヤはおずおずと頷いたのだった。

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