【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠の国は、男性が神官に就けば国が荒れると言われている。
だから翠は性別を隠すような真似をしてまで女性を演じているのだ。
ただでさえ神官としての力が無くなった事で、情勢は不安定となっている。
もしも翠が男だと民に知れれば、更に激しい反発が起き、彼の立場は大きく揺らぐ事になるだろう。
翠の最大の弱みとも言える秘密を、敵国のミナトに悟られるわけにはいかなかった。
「……ミナトの知らない人」
頑なに顔を上げないまま嘘を吐くと、肩を強く掴まれた。
「んなわけあるか!どう考えても屋敷の誰かだろ!?言え!」
「言う義理が無い。第一、言った所でミナトの知らない人なんだから意味無いんだってば」
「嘘付くなや!お前とそんな仲になるような男なら、俺が見た事ないはずがっ……」
「――――翠なのか?」
突如割り込んできた声に、カヤもミナトも口を噤んだ。
(……え?)
聞き間違いかと思った。それにしてははっきりと聞こえた。
ゆっくり、ゆっくりと、落としていた視線を上げる。
ミナトの斜め後ろで、律は不自然なほどこちらを真っすぐ見つめていた。
「翠が、父親なんじゃないのか?」
今度こそしっかり聞こえたそれは、聞き間違いでは無かった。
口にしなければ悟られるはずがない、と甘い予想をしていたせいで、律の不意打ちすぎる指摘は、カヤの思考能力を完全に停止させた。
「はあ?」と、ミナトが不愉快そうに声を上げる。
「お前、こんな時に笑えない冗談は止めろや」
「……あいつは男だ」
「……おい、それ以上ふざけた事言ったらぶっとばすぞ」
苛、としたようにミナトが顔をしかめた。
「ふざけてそんな戯言を言うわけがあるか。男なんだよ、翠は」
固い声でそう吐露した律に、ミナトは『馬鹿げてる』とでも言うように首を振った。
「話にならねえ。おい、琥珀。とにかくさっさと相手を……」
こちらを振り返ったミナトの言葉が、ピタリと止まる。
真っ青に顔で黙りこくるカヤを眼にして。
ぐらぐらと頭が揺れて、考えがまとまらなかった。
酷い吐き気がした。
翠の秘密を知っている人は、カヤとタケルしか居ないはずなのに。
"――――なんとも無作法な男だ"
かつて翠と対峙した時、律はそんな事を口にしていた。
あの時は当てずっぽうにでも言っているのかと思っていたが、律はどう見ても翠が男だと知っているような口ぶりだった。
「あなたは……本当に、何者なの……?」
わなわなと震える唇から、恐ろしいほど揺らいだ声が落ちてくる。
肯定も否定も出来ず、顔面蒼白になったカヤを見て、律は父親が誰なのかを確信したようだった。
「やはり、そうなんだな」
彼女の長い長い溜息が、静まり返る部屋に溶けた。
だから翠は性別を隠すような真似をしてまで女性を演じているのだ。
ただでさえ神官としての力が無くなった事で、情勢は不安定となっている。
もしも翠が男だと民に知れれば、更に激しい反発が起き、彼の立場は大きく揺らぐ事になるだろう。
翠の最大の弱みとも言える秘密を、敵国のミナトに悟られるわけにはいかなかった。
「……ミナトの知らない人」
頑なに顔を上げないまま嘘を吐くと、肩を強く掴まれた。
「んなわけあるか!どう考えても屋敷の誰かだろ!?言え!」
「言う義理が無い。第一、言った所でミナトの知らない人なんだから意味無いんだってば」
「嘘付くなや!お前とそんな仲になるような男なら、俺が見た事ないはずがっ……」
「――――翠なのか?」
突如割り込んできた声に、カヤもミナトも口を噤んだ。
(……え?)
聞き間違いかと思った。それにしてははっきりと聞こえた。
ゆっくり、ゆっくりと、落としていた視線を上げる。
ミナトの斜め後ろで、律は不自然なほどこちらを真っすぐ見つめていた。
「翠が、父親なんじゃないのか?」
今度こそしっかり聞こえたそれは、聞き間違いでは無かった。
口にしなければ悟られるはずがない、と甘い予想をしていたせいで、律の不意打ちすぎる指摘は、カヤの思考能力を完全に停止させた。
「はあ?」と、ミナトが不愉快そうに声を上げる。
「お前、こんな時に笑えない冗談は止めろや」
「……あいつは男だ」
「……おい、それ以上ふざけた事言ったらぶっとばすぞ」
苛、としたようにミナトが顔をしかめた。
「ふざけてそんな戯言を言うわけがあるか。男なんだよ、翠は」
固い声でそう吐露した律に、ミナトは『馬鹿げてる』とでも言うように首を振った。
「話にならねえ。おい、琥珀。とにかくさっさと相手を……」
こちらを振り返ったミナトの言葉が、ピタリと止まる。
真っ青に顔で黙りこくるカヤを眼にして。
ぐらぐらと頭が揺れて、考えがまとまらなかった。
酷い吐き気がした。
翠の秘密を知っている人は、カヤとタケルしか居ないはずなのに。
"――――なんとも無作法な男だ"
かつて翠と対峙した時、律はそんな事を口にしていた。
あの時は当てずっぽうにでも言っているのかと思っていたが、律はどう見ても翠が男だと知っているような口ぶりだった。
「あなたは……本当に、何者なの……?」
わなわなと震える唇から、恐ろしいほど揺らいだ声が落ちてくる。
肯定も否定も出来ず、顔面蒼白になったカヤを見て、律は父親が誰なのかを確信したようだった。
「やはり、そうなんだな」
彼女の長い長い溜息が、静まり返る部屋に溶けた。