【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……マジ、かよ」

しばらくして、ミナトが呟いた。

「翠様が……男……?」

ミナトは、まるで激しい眩暈でも感じているように頭を押さえ、そして今まで見たことないほどに動揺していた。

ふらふらと視線が宙を彷徨っていたが、やがてそれは確かな怒りを宿らせ、律に向けられた。

「ッテメェ……なんで黙ってやがった!」

ミナトの指が、ぐっ、と律の襟元を引っ掴む。

「ミナト!やめて!」

慌てて寝台から飛び降りるが、その時にはミナトはもう律を乱暴に揺さぶっていた。

「知ってたならどうして言わなかった!?知ってれば俺はっ……!」

ドカッ――――!
律の右足が、ミナトの腹に思い切りめり込んだ。

「お前のためだろうが」

腹を押さえてその場に膝を付いたミナトに、乱れた襟元を直しながら、至って冷静に律が吐き捨てる。

「言えば良かったって言うのか?お前はカヤを連れ帰りたかったんだろうが。それを知ってたら、お前はどうしてた」

「お、れは……」

しゃがみ込んでいるミナトが、寝台から飛び降りたままの体勢で固まっているカヤ向く。

「知ってたら……俺は……」

――――――俺は?


その次の言葉を、ミナトは口にしようとしなかった。

ただ何かをぐっと呑みこむ様に唇を噛むと、ふらふらと立ち上がった。

「本当に……子供が、居るのかよ……?翠様との……?」

立ち尽くすカヤの両肩に、ミナトの震える掌が乗る。

迫りくる身体は恐怖すら感じるほどに大きいのに、ミナトの表情は酷く弱々しかった。

どうして、と思った。
どうしてミナトがそんな顔をするのだろう。


(私に何て言って欲しいって言うの?)

せっかく手に入れたものを、あれだけ根こそぎ奪っていったくせに。


「なあ、本当にあの翠様と恋仲だったのかっ?お前、まさか脅されて無理矢理っ……」

「っ良い加減にして!」

喚いて、渾身の力でミナトの身体を押し退けた。

信じられないほど呆気なく、ミナトの身体は後ろによろめいた。


「脅されて無理矢理っ……?ふざけた事、言わないでよ……!」

負の感情が怒涛のように押し寄せ、カヤはもう全ての元凶とも言える目の前の人に、それを投げつけるしか無かった。

「翠はそんな事しない!"無理矢理"わたしを攫ってきたのはミナトの方でしょう!?」

ミナトの眼が酷く傷ついた。
それが手に取るように分かった。

ぢくり、と心臓が痛む。

けれどそれ以上の痛みに襲われているせいで、どうしてもミナトの痛みに同調する事は出来なかった。

「どうして分かってくれなかったの……!?私はあのままで幸せだったのに!どうして壊したの!どうしてっ……!」

泣き叫ぶように喚き散らし、カヤはその場に泣き崩れた。

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