【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
攫われて以来、ずっと感じていた恐怖。

ほとんど頼る人も居ないこの状況下で子供を身籠った事への不安。

そして一番に懐妊を知って欲しかった人に、それを伝えられもしない哀しさ。

それらがぐちゃぐちゃに混ざり合って、感情を制御しきれなかった。

溢れ出た混沌が、嗚咽となって零れ落ちて行く。


会いたい、会いたい、会いたい、会いたい。

翠に会いたかった。翠に抱き締めて欲しかった。翠に口付けて欲しかった。


「お願いだから、翠に会わせてっ……会わせてよぉっ……!」



―――――翠に、この絶望を受け止めて欲しかった。



















幸福な記憶が、頭に囁きかけてくる。


『――――――修羅の道でも、地獄でも、カヤが居ればなんでも良い。なあ、お願いだ。どうか俺と共に生きてくれ』

私も、もう何だって良い。翠が居れば、例えどんな未来だろうと良かった。



『――――――俺も、カヤを暴いても良いか?』

勿論だよ。だから私も貴方を一つも残らず暴かせて。



『――――――カヤに持ってて欲しい。カヤの命を守るために。そして、共に在る事を忘れないために』

貴方が望むのなら、例えこの短剣を振るう事になったとしても厭わない。



ねえ、全てが貴方のための意志だと言うのに、貴方は何処に居るの?


「……すいっ……」

何の意味も無い。
吐き出す呼吸の一つ一つが、酷く無駄に思えてしまうの。


「う、えっ……翠……翠っ……」

私が私を奮い立たせる方法を、どうか口にして。
翠、翠、翠。ねえ、翠。



『――――――泣かないで』

そしてまた、少しざらついた指が涙を拭い去る。
翠の指じゃない。けれど同じくらい温かい。

何度も何度もカヤを慰める優し気なそれに、知りたくなる。


(あなたは、だれなの)

その指の先の"本当"を教えて。









静かに静かに眼が覚めた。

「……翠……」

ここ数日、不思議なほどの頻度で夢に翠が現れ続けていた。

幸せな夢だった。
けれど醒めてしまえば、より一層の焦燥感に襲われる。

最近、何度も何度も同じ事を繰り返している。


カヤは寝転びながら、そっと目元に触れた。

瞼に涙を拭ってもらった感覚が残留している気がした。

そんな訳が無いのに。

今日は律も居ないし、カヤが泣いたら世界中で一番目に慰めてくれるであろう大好きな人は、ここには居ない。



カヤは溜息を付くと、ゆっくりと身体を起こしかけた。

しかし胃からせり上がって来る不快感に耐え切れず、またすぐに寝台に仰向けになる。

懐妊が分かった日から、不調感が増しているような気がしていた。

今までは、ただ体調を崩しているだけだ、と自分で言い聞かせていたが、謎の症状がつわりだとはっきり分かったせいかもしれない。
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