【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「あ……すまない。何か可笑しな事してしまったか?」

予想外の表情に、え、と驚いてしまう。

「いや、私はどうも人との距離感がずれているみたいなんだ。長い間、人間と会話をしてこなかったせいだろうな……」

律は困ったように頭を掻いた。

初めて見るような彼女の表情に戸惑いながらも、カヤは素直な疑問を口にした。

「人間と会話をしてこなかったって……どこに居たの?」

「山奥だ」

「や、山奥?一人で?ずっと?」

驚愕しながら問えば、律は少し考えるような素振りを見せる。

「幼い頃は私を育ててくれていた者が居たんだが、もう随分前に死んでしまったから……まあ、それ以来は一人だな」

顎に手を当てる律は、特に何てこと無いかのような調子で言う。

カヤは大いに衝撃を受けた。

カヤとて幼い頃に両親を亡くして以来、この砦で一人ぼっちのようなものだったが、少なくとも生きている人間は周りに居た。


けれど律はそうでは無い。

俗世間から完全に切り離され、誰かと会話を交わす事も無く、たった一人で息をしてきたのだ。

なぜそのような境遇かは分からないが、恐らくその見た目のせいだろう。

カヤから見れば律はとても綺麗だが、彼女の見た目を怖がり、迫害する人間だって居るかもしれない。

彼女の両親が下したであろう苦渋の決断を、カヤには到底責められなかった。


「それは……寂しかったでしょう」

何と言葉をかけて良いのか分からず何とかそう言うと、律は、ふ、と笑った。

「いや、意外とそんな事は無かったぞ。毎日、猿と一緒に追いかけっこしていたし、熊と喧嘩したりして過ごしてたからな。退屈はしなかったな」

なるほど、と思った。
律があれだけ身軽な理由が分かった気がした。

勿論、元々の身体能力も高いのだろうが、毎日のように野生の動物達と山を駆けまわっていた事も理由に違いない。


「律は、どうして山を降りてきたの?」

「……目的のために、ちょっとな。翠の国をウロついていたら偶然ミナトと知り合って、それ以来手を組んでいる」

「目的って?」

矢継ぎ早に質問したカヤに、律は苦笑いを零した。

「ほら、そろそろお喋りは終わりだ。ちゃんと眠らないと」

また上手い具合にはぐらかされてしまった。

これ以上は聴いても教えてくれなさそうだと悟り、渋々頷いたカヤの体に、律が夜具を掛け直してくれた。


「身体を冷やさないようにな」

ぽん、ぽん、と優しく頭を撫でてくれる掌の振動に、ぎゅっと胸が痛くなった。

こんなに綺麗に微笑む律に頭を撫でられると、まるで翠に頭を撫でてもらっているような錯覚に陥ってしまう。


(ああ、また会いたくなる)

せっかく乾いていたはずの涙が、少しぶり返してしまった。


「どうした?」

じんわりと瞳が潤みを帯び、小さく鼻を啜ったとき、カヤの頭を撫で続けていた律が心配そうな表情を浮かべた。
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