【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「あ、ううん。ちょっと翠のこと思い出しちゃっただけ」

その名前を聞いた律は、ふん、と鼻を鳴らす。

「あんな冷徹男の何処が良いんだ?カヤの敵と見なせば、誰であろうと斬り捨てるぞ、あいつは」

酷い言われように、思わず笑ってしまった。

確かに翠は怒ると怖いし、お説教も恐ろしく長い。

けれどその性根が驚くほど優しい事を、カヤはとても良く知っている。


「あのね、意志のあるところに道は開くって……昔、翠が教えてた言葉なんだけど」

翠と初めて会った時の事を思い出しながら言う。

彼が纏う空気に否が応でも魅せられた、あの日の事を。

「私、何度もその言葉に救われたの。今思えば、本当に意志がある人が言った事だから、心に残ったんだろうね」

誰よりも凛と前を見据えるあの横顔を、ずっと見てきた。

そしてこれからも見続けたいと思える、そんな人。

「翠は私の道標なの。大好き、って言葉じゃ追いつかないくらい、大好きなんだ」

偉そうに言ってしまった後に、律が筆舌に尽くしがたい表情をしている事に気が付いた。

しまった。
何を言わなくても良い本音をぶちまけているんだ、私は。


「あ……ご、ごめん、馬鹿みたいな事言って……」

羞恥で顔を染めれば、律は小さく吹き出した。

「いや、良く分かったよ……カヤ、少し隣空けてくれるか?」

「うん……?」

言われるがまま横にずれると、律はなぜかカヤの隣にゴソゴソと入り込んできた。

横になった律は、向かい合うカヤの頬に、ひたりと触れる。

「あいつの代わりにはならないだろうが、カヤが眠るまで横に居るよ。だから安心して眠ると良い」

眼尻を緩やかに下げた律に、カヤは嬉しくなって顔を綻ばせた。

「ありがとう!」

せっかくなので、思いっきり律に抱き着いた。

さすが無駄なお肉が無い律の身体は引き締まっているが、それでも女性特有の柔らかさがあった。

それが何とも気持ちよくて、ぎゅうぎゅう抱き締めると、律もまたカヤを引き寄せる。

律の胸に抱かれて、夜具の中で足を絡め合って、全身すっぽりと温もりに覆われる。


(不思議だなあ……)

砦に連れて来られる前は、律にこうやって抱き締めて貰えるなんて、夢にも思っていなかった。


「ねえ。どうして律はこんなに私に優しくしてくれるの?これも借り……?」

以前同じような事を尋ねた時、彼女は『借りを返すだけだ』と言っていた。

とは言え、こうして抱き締めてくれる腕は、それだけが理由だと思わせないくらいに優しいのだ。

「……どうしてだろうな。翠がカヤを好いているのと、同じ理由かもしれない」

律の言葉の意味が分からず首を傾げると、今度はカヤが質問をされた。

「カヤこそ、何故私に普通に接するんだ?私もお前を攫った人間なのに」

律の腕の中で顔を上げる。
暗闇の中、灰色がかった瞳がカヤを見降ろしていた。
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