【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……ほんと、なんでだろう。変だよね」

初めて会った時も、牢で再会した時も。
そして、嫌がるカヤを翠の目の前から攫って行った時も。

律は誰がどう見ても怪しかったが、それでもこの眼を見てしまえば、カヤは無条件に彼女を信じたい欲求に駆られるのだ。

「良く分からないんだけど、でも律と居れると嬉しいの」

この複雑な感情を、人は何と言うのだろう。



「……そうか。それは私も嬉しいな」

律は微笑んで、そしてまたカヤをしっかりと抱き寄せた。

柔らかな彼女の胸に顔を埋めながら、ずっと此処に居たい、と思った。

少し高鳴る自分の鼓動と、癖になるような甘やかな嬉しみ。

頭の中がじぃんと麻痺して、融けていくみたいだ。

全身で律の腕の中を堪能していると、不意に律が口を開いた。

「なあ……カヤはミナトの事は嫌いか?」

カヤは緩やかに閉じていた瞼を空けた。

「……分からない……けど、今は顔を見たくない」

ぼそり、と率直な感情を述べた。

律はカヤの後頭部をゆっくりと撫でながら言った。

「あのな、カヤからしたらどうでも良い話かもしれないんだが……幼い頃から敵国に潜り込んで、後ろ盾も無いのに中委の立場にまで上り詰めるなんて事、生半可な気持ちでは出来ないよ」

カヤは律に抱き着きながら、じっと話に耳を傾ける。

「でも、ミナトはそれをやってのけた。正体が露見しなければ、もしかしたら大委にまでなっていたかもしれない。それこそ血の滲むような努力をしてきたんだろうし、これからもそうしていくつもりだったんだろう」

認めたくないが、知っている。

だからこそタケルもヤガミも、あれだけミナトを慕っていたのだ。

カヤだって、それを肌で感じていた。
ミナトがどんな人間か知っているつもりで居た。


―――――だからこそ、今のミナトが赦せない。



「私は男は嫌いだが、あいつの"意志"は嫌いじゃない」

だから、もう少し今のミナトに眼を向けてやっても良いんじゃないかな――――――と、律があまりにも今の心情とは真逆の事を言うので、良く分からなかった心が、もっと迷子になってしまった。


(今のミナトに……?)

幼きカヤの全てだった人。

誰よりも近くて、誰よりも大切な人だと思っていたけれど、そう言われれば、カヤは何にも知らないのかもしれない。

ミズノエと言う一人の人間が持つ意志を、まだ。














―――――パチリ、と目が覚めた。
未だ真夜中らしい。辺りは真っ暗だ。

「ん……律……?」

寝ぼけ眼で隣をまさぐるが、そこには冷たい夜具の感触しか無い。

カヤは目を擦りながら身体を起こした。

眠ってしまう前、確かにカヤを抱き締めていてくれた彼女の姿は、そこには無かった。


(出てっちゃったのかな……?)

そう言えば『カヤが眠るまで横に居る』と言っていたから、そのつもりだったのかもしれない。
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