【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
豪族に激甘な翠様が、この場を公平に治めてくれるとは到底思えなかった。
下手すれば裁かれる対象がこちらになるのではなかろうか。

カヤが絶望していると、翠様はひらりと馬から降りた。

「話はミナトから聞いた。この娘が森で作物を育てていると?」

絢爛な衣をなびかせ、翠様はカヤたちの目の前にまでやってきた。
真剣な瞳が、膳を、そしてカヤを映す。

「その通りでございます。この娘は他の民と同様の土地では満足出来ず、森にまで畑を作り、年貢の負担を軽くするつもりだったのです」

とんでもない虚偽に、カヤは仰天して膳を睨みつけた。

「あ、あんた、私に土地なんかっ…――――」

「しかもそれだけでは飽き足らず!」

抗議しようとしたカヤを遮るように膳は大声を上げた。

「なんと作物の種を盗んだのです!これはもう許してはおけませぬ!」

「だからそれはあんたがでっち上げた嘘でしょうが!」

怒鳴りながら詰め寄るカヤを、翠様が制した。

「まあ待て、娘よ」

カヤと膳の間に翠様の腕が入ってきて、思わず身体が止まる。
ゆっくり半歩後ずさったカヤを確認し、翠様は膳に向って言った。

「膳。確認だが、この娘に作物を育てられるだけの土地を与えたのか?」

「勿論でございます!」

腹立つほど俊敏に膳がそう答え、そして言葉を続ける。

「民には翠様からのご命令通り、平等に土地を分け与えております!」

「平等に?それは誠なのだな?」

口調は柔らかだが、翠様の眼は膳から一糸たりとも逸らされない。

念を押すかのような翠様の言葉に、膳は迷いなく頷いた。

「ええ、はい!」

確固とした返事に、翠様はようやく膳から視線を外した。


「……そうか、分かった」


そして、そう一言吐いた。


(あ、膳の言う事に納得した)

終わった。もう駄目だ。


あっという間にカヤの心に冷たい物が広がる。
その翠様の態度は、カヤが一番恐れていたものだった。

膳が勝ち誇ったように口元をめくり上げたのが分かった。


しかし次の瞬間、打ちひしがれるカヤの耳に届いたのは

「だが、それは可笑しいな」

そんな不思議そうな翠様の声だった。


「はい?」

膳の勝ち誇った笑みが、急激に崩れ去った。

「実はな、最近ほんの気まぐれで土地の分与記録を見てみたのだよ」

翠様は顎に手を当てて、何気ない口調で言う。

「するとな、ある一部の民には不自然に多くの土地が分け与えられ、それ以外の民には私が指示した半分ほどの土地しか与えられていなかったのだ」

隣で膳が息を呑んだ。


(……あれ?何か話の方向が変わってきた)

カヤは戸惑いながら、翠様を食い入るように見つめた。


翠様は言葉を続ける。

「もう少し調べてみるとな、その『一部の民』は膳家に関わる者達ばかりだったのだが……膳。これは一体どういう事か説明してくれぬか?」

丁寧な言葉遣いだが、最後の方は間違いなく冷酷さをはらんでいた。
膳もそれを感じ取ったようで、焦ったように口を開いた。

「い、いえ!それには深い事情がございまして!」

「ほう?」

翠様が厳しく目を細めた。

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