【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「私どもは嬉しいのですよ。ハヤセミ様が王政を布かれるようになって、今までの無茶な採掘量に制限を掛けて下さいました。お陰で作業に余裕が出来て、事故も減少し始めているのです。そんなハヤセミ様の弟君の祝言ですもの。皆、大変心待ちにしております」

カヤは驚いた。

彼女の瞳が、かつて翠の事を『本当に素晴らしいお方なのです』と語ったナツナの瞳と、とても良く似ていたから。

それが本心で言っているのだと良く分かったが、大変に複雑な思いだった。

食事中のハヤセミとミナトの会話を聞く限り、彼の治世は思いの外に独善的では無かった。

いや、寧ろ女官の言う通り、まるで民の事を気遣うような治世を布いているようにも―――――


「勿論、御子にお会い出来るのもとても楽しみです。お二人の子ですから、きっと素晴らしい御子がお生まれになりますわ」

熱のこもったその言葉に、罪悪感で胸が締め付けられた。


実はここ最近、似たような事を色んな人から言われていた。

翠の屋敷に居た時も実感していたが、人の口に戸は立てられないらしい。

カヤがミズノエの子を身籠り、近々祝言を上げるらしい、と言う話は、砦のほとんどの人間が知っているようだった。

そのせいか誰彼構わず、カヤの顔を見ると「おめでとうございます」と祝いの言葉を投げかけてくるのだ。

しかも共通して、全員がこの女官のように嬉しげな表情を浮かべている事に、カヤは嫌でも気が付いていた。

―――――奇妙な事に、皆が二人の祝言を喜び、子供の誕生を心待ちにしているようだった。


"次の世継ぎを産むのはそなたでは無い"

翠と恋仲だとタケルに知られた時、彼はカヤにそう警告した。

二人が間違いを起こさぬよう、釘を差すためだと言って。


認めたくはないが、どうしても認めざるを得なかった。

あの国では誰からも愛されないであろうカヤの子供は―――――この国では、確かに望まれるのだと。



翠の事は大好きだし、今でも心の底から戻りたいと思う。

でも、もし戻ったとしても、子供はどうなるんだろう?
最近そんな疑問が、ぐるぐると頭を回る。

誰にも祝福されず、誰からも忌まれるようなら、いっそここに居た方が良いんじゃないだろうか。

だって、カヤさえ辛いのを我慢すれば、この子が辛い思いをせずに済む――――――


そこまで考えて、ぞっとした。

(今、わたし、何考えて……)

この国に居れば、この子は永遠に終わりの無いお祈りを強いられるのだ。

きっとカヤと同じように、外を自由にも歩けないだろう。

あの不自由さを味わせるわけにはいかない。

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