【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(ああ、でも、この国ならこの子は虐げられないんじゃ……)

翠の国で受けた数々の暴言や中傷が思い出される。

あの場所なら自由はあるかもしれないが、その一方で、この国に居れば、あんな酷い言葉を投げかけられる恐れはない。


――――――信じられない事に、此処に来てカヤの心には迷いが生じ始めていた。




「……クンリク様?」

一人考えに耽ってしまったカヤに、女官が心配そうに声を掛けてきた。

カヤは、ふと視線を上げて彼女をじっと見つめる。

確かにハヤセミは一見まともな治世を布いているようにも見えるが、あんな人間として大切なものが欠けていそうな奴を、どうして彼女は敬えるのだろう、と不思議に思った。


「ハヤセミは、そんなに良い王なんですか……?」

おずおずと尋ねると、女官は不思議そうな顔をしながらも頷く。

「ええ。弥依彦様の時も別段生活に困窮などはしませんでしたが、やはり今とは違いますね。弥依彦様も、昔は心優しいお方だったのですが……亡き前王が、少し、こう……間違った方向に愛情を注いでしまったせいで、少し我がお強くなられてしまって……」

言葉を選びながらそう言って、彼女は少し哀しそうに睫毛を伏せた。

「前王がもう少し違う方向に弥依彦様をお導きになられていたなら、政権交代も起きなかったかもしれませんね。お可哀想な弥依彦様……元を辿れば、あの方は何も悪くないでしょうに……それにしても、ちゃんと食事をお召し上がりになられてるのかしら……」

心配そうに呟いた女官の言葉を聞き、カヤは「え?」と声を上げた。

「食事って……まさか、弥依彦様は生きてるんですか?」

女官はカヤ以上に驚いた表情を浮かべた。

「勿論でございます!ただ、今は地下牢にいらっしゃるそうですが……」

なんと、そうだったのか。
てっきり謀反で死んでしまったのだとばかり思っていた。

あまり好かない相手ではあるが、それでも何となくの後味の悪さを感じていたカヤは、僅かに胸を撫で下ろした。


「って、クンリク様!そんな事より、衣装合わせがまだ続きでございます!」

ハッ、と思い出したかのように女官が言った。
確かにカヤ達は長い間、無駄話をしてしまっていた。

「いや、もうそろそろ十分じゃ……」

「いえいえ、まだこれからですよ!」

張り切ったように腕を捲った女官に、カヤは心の中で、ひぃ、と悲鳴を上げたのだった。









「つ、つかれた……」

ヨロヨロと部屋に帰ってきたカヤは、ボフッと寝台に倒れ込んだ。

結局あの後も散々に着せ替えられ、カヤの体力は限界を突破していた。

しかも恐ろしい事に、最期まで女官長が納得しなかったため、次回持ち越しになってしまった。

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