【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
足音荒く翠の部屋へ戻りながら、カヤは悶々とした気持ちを拭えなかった。
あの日、大変分かりにくいミナトの優しさに確かに触れた気がしていた。
でもあのような態度を取られると、幻想だったとしか思えない。
嫌味を言われるから嫌味で返して、そうやってミナトに対して辟易する。
そうしないと、歓喜した自分の想いがただの糠喜びだったのではと自覚してしまうから。
「ただいま戻りました……」
浮かない気持ちで翠の部屋に戻ると「遅い!」という野太い声が飛んできた。
翠の隣で正座をしているタケルが、カヤを睨んでいる。
伏兵は、もう一人。
(嗚呼、今日も凄い眼……)
似ても似つかないが、翠の弟だというこのタケル。
彼は、あのミナト以上にカヤの事を嫌っているようだった。
あの日、翠から話を聞かされたタケルは、そりゃもう天地がひっくり返るほどの衝撃を受けていた。
罪人かと思っていた娘が、翠様の世話役に就任したとなればまあ当然の反応だろう。
無論、タケルからは反対の怒鳴り声が押し寄せた。
しかし翠はそれを受け流し、最後には『これはお告げだ』と言ってタケルを黙らせた。
(……都合良く『お告げ』使ったよなあ、翠)
それが嘘八百だと知っているカヤは、眼を瞑る事にした。
まあとにかくそれ以来、タケルは何かとカヤに厳しく当たってくるのだ。
「申し訳ございませんでした」
途中で腹の立つ妨害にあったとは言え、遅くなってしまったのは事実。
素直に謝りながら御膳を置くと、翠がタケルを制するように言った。
「まあ、タケル。そう怒るな」
「しかし朝げを取りに行ったにしては時間が掛かりすぎでしょう」
「台所は遠いのだから仕方無い。カヤ、運んできてくれてありがとう」
朝早いと言うのに、翠はそう言って爽やかに笑った。
表情のどこにも眠さを出さず、重たそうな衣装も完璧に身に着け、まるで眠る事など一切しないかのように。
(……ていうか、多分この人まともに寝ていない)
カヤは優雅に朝げを食す翠から視線を逸らし、部屋の中を見渡した。
今日も机の上には何やら書きかけの紙が乱雑に置いてあり、その横には雪崩が起きそうな量の書物が積まれている。
聞いたところによると、どうも翠はカヤと森で最後に会った日から、ずっと土地の分与記録を読み漁っていたらしい。
この広い国の記録なんてそれはもう半端じゃない数のため、ほぼ寝ずにぶっ通しで作業したと言っていた。
その努力のおかげで翠が膳の悪行に早々と気が付けたのだが、それで仕事が終わったわけではない。
今度は今まで豪族達に一任していた土地の管理を翠が行うため、その作業に追われていた。
さすがに翠一人では不可能なため、タケルやミナトを含めた高位の者達と手分けをしているようだが。
それでも恐らく翠は誰よりも遅くまで眠らず、誰よりも早く起きている様子だった。
にも拘わらず、目の前の人物は普通の顔をして朝げを食べている。
(本当に同じ人間……?)
どう考えても無理をしているようにしか思えない。
「……私の顔に何か付いているか?」
その顔をじーっと見つめていると、ふいにそう聞かれたので首を横に振る。
翠は不思議そうな顔をしながらも全て朝げを平らげ、静かに器を置いた。
あの日、大変分かりにくいミナトの優しさに確かに触れた気がしていた。
でもあのような態度を取られると、幻想だったとしか思えない。
嫌味を言われるから嫌味で返して、そうやってミナトに対して辟易する。
そうしないと、歓喜した自分の想いがただの糠喜びだったのではと自覚してしまうから。
「ただいま戻りました……」
浮かない気持ちで翠の部屋に戻ると「遅い!」という野太い声が飛んできた。
翠の隣で正座をしているタケルが、カヤを睨んでいる。
伏兵は、もう一人。
(嗚呼、今日も凄い眼……)
似ても似つかないが、翠の弟だというこのタケル。
彼は、あのミナト以上にカヤの事を嫌っているようだった。
あの日、翠から話を聞かされたタケルは、そりゃもう天地がひっくり返るほどの衝撃を受けていた。
罪人かと思っていた娘が、翠様の世話役に就任したとなればまあ当然の反応だろう。
無論、タケルからは反対の怒鳴り声が押し寄せた。
しかし翠はそれを受け流し、最後には『これはお告げだ』と言ってタケルを黙らせた。
(……都合良く『お告げ』使ったよなあ、翠)
それが嘘八百だと知っているカヤは、眼を瞑る事にした。
まあとにかくそれ以来、タケルは何かとカヤに厳しく当たってくるのだ。
「申し訳ございませんでした」
途中で腹の立つ妨害にあったとは言え、遅くなってしまったのは事実。
素直に謝りながら御膳を置くと、翠がタケルを制するように言った。
「まあ、タケル。そう怒るな」
「しかし朝げを取りに行ったにしては時間が掛かりすぎでしょう」
「台所は遠いのだから仕方無い。カヤ、運んできてくれてありがとう」
朝早いと言うのに、翠はそう言って爽やかに笑った。
表情のどこにも眠さを出さず、重たそうな衣装も完璧に身に着け、まるで眠る事など一切しないかのように。
(……ていうか、多分この人まともに寝ていない)
カヤは優雅に朝げを食す翠から視線を逸らし、部屋の中を見渡した。
今日も机の上には何やら書きかけの紙が乱雑に置いてあり、その横には雪崩が起きそうな量の書物が積まれている。
聞いたところによると、どうも翠はカヤと森で最後に会った日から、ずっと土地の分与記録を読み漁っていたらしい。
この広い国の記録なんてそれはもう半端じゃない数のため、ほぼ寝ずにぶっ通しで作業したと言っていた。
その努力のおかげで翠が膳の悪行に早々と気が付けたのだが、それで仕事が終わったわけではない。
今度は今まで豪族達に一任していた土地の管理を翠が行うため、その作業に追われていた。
さすがに翠一人では不可能なため、タケルやミナトを含めた高位の者達と手分けをしているようだが。
それでも恐らく翠は誰よりも遅くまで眠らず、誰よりも早く起きている様子だった。
にも拘わらず、目の前の人物は普通の顔をして朝げを食べている。
(本当に同じ人間……?)
どう考えても無理をしているようにしか思えない。
「……私の顔に何か付いているか?」
その顔をじーっと見つめていると、ふいにそう聞かれたので首を横に振る。
翠は不思議そうな顔をしながらも全て朝げを平らげ、静かに器を置いた。