【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「さて、そろそろ占いを始めよう」

そう言って翠は機敏に立ち上がり、ふわりと祭壇の前に座った。

一方タケルは部屋の窓を下ろし始めたので、カヤも慌てて御膳を下げて、タケルに続き残りの窓を全て下ろした。


太陽の光が遮断された部屋の中、祭壇に立てられた小さな蝋の灯りだけがゆらゆらと辺りを照らす。

カヤとタケルは翠から少し離れた所に座った。

祭壇の上の物を整えている翠を左側から見ていると、タケルが唸るように言った。

「おい娘。翠様の占いをよく見ておくが良い。屋敷内でこれを見れる幸運な者は、私とお主くらいだぞ」

「は、はい」

カヤは緊張して思わず背筋を伸ばす。

あれほど皆が口々に素晴らしいと敬愛する翠の占い。
一体どんなものなのだろう。


「では、始める」

落ち着き払った翠の声が、清澄に部屋に響いた。

翠が祭壇に向かって深々と頭を下げる。
その長い黒髪が肩からするりと滑り落ち、床に触れた。

隣でタケルも同じように頭を下げたため、思わず目を奪われていたカヤも、慌てて真似をする。

丁寧にお辞儀を終えた翠は、祭壇の上に置かれていた神楽鈴を手にした。

その白い指に握られた鈴がシャン、と耳に心地の良い軽い音を立てる。


翠は深く息を吸って、静かに眼を閉じた。


「……水は下りて地は得る灯り。天が得るは下る水」

それは、まるで一つの謳だった。
心地の良い抑揚に彩られ、感情を柔く支配する。

呼吸に答えるように、祭壇の上の炎がゆらりと揺れた。


「あまつこと持たず、されど天啓は衆水に印す。不如持つ事は一種知らずして泯然と成り行く――――…………」

シャン、シャンと鳴り続ける鈴の音と重なり合い、それは安らぎを持って広がりを見せる。

一声、一声。
紡がれるそれは、離れた場所のカヤの身体を纏うように舞い、そして部屋中の全てが呼応する。


(……なんて不思議な響きなんだろう)

それはかか様の子守歌のようにも思えるし、抗う事の出来ない絶対的な言霊のようにも思えた。


カヤは固唾を呑んで翠を見つめ続ける。
何かを待つように鈴を鳴らす翠の額を、一筋の汗が流れるのが見えた。

隣ではタケルも身を固くして翠を凝視している。

息継ぎすらせずに険しい表情で謳う翠は、いつしかぶっ倒れてしまうのでは無いかと思った。

しかしカヤの頭に、翠を止めようと思う気持ちは一切湧いて来なかった。

(ずっと見ていたい)

目の前の美しい情景を、消したくなくて。



――――シャンッ。
やがてひと際大きく鈴が鳴り、ピタリと止んだ。

固く閉じられていた翠の瞼が、ゆっくりと開く。

炎の光に艶やかに照らされたその唇が小さく息を吸い、そして最期の言葉を吐く。

「一残水の帰依あらんことを」

翠が終焉を告げたその瞬間、蝋の炎が激しく燃え上がった。


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