【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤは部屋の水瓶で布を濡らし、翠の額の汗をそっと拭いながら尋ねた。

「……いつもこんな風になるの?」

「んーまあ……いつもはもう少しマシなんだけどな……今日は寝不足なせいかもしれない」

弱々しく笑う翠は辛さを隠そうとしているが、全く隠しきれていない。

先ほどのタケルの言葉の意味がようやく分かった。
恐らく間違いなく具合が悪くなるであろう翠の事を頼む、という意味だったのだろう。


「こんな風になるって分かってて、どうして占うの」

翠の様子があまりにも痛々しくて、カヤの口調にもそれがうつってしまった。

「そりゃまあ、それが神官の役目だからな……俺の占いの結果が、国の行く末を決める指針となるんだ。やらないわけにはいかない」

当然のようにそう言った翠の言葉に酷く違和感を感じた。

占いという不明確なものに頼り切っているこの国にも、呼吸するようにそれを受け入れている翠にも。

"どこか可笑しい"

そう訴えようとしてしまったカヤは、開きかけた口を閉じた。
代々受け継がれてきたこの行為に対して、よそ者の自分が口を出す権利は無い。


結局、カヤは黙々と翠の額の汗を拭くことに徹した。
しばらくすると翠の汗も引いてきて、悪かった顔色も少しづつ戻ってきた。

「ありがとう、カヤ。そろそろ大丈夫だ」

そう言って翠はゆっくり上半身だけ起き上がる。

少ししんどそうに胡坐を掻いているものの、かなり体調は戻ったようだ。
そこでカヤはようやく気になっていたことを質問した。

「ねえ、さっきの占いの結果ってどういう意味だったの?山は動かないとか、水の流れはなんとかとか……?」

一体あの骨のどこにそんな言葉が書いてあったのか甚だ疑問だ。

チラリと祭壇の骨を見やるが、どう見ても黄色い塊には炎によるヒビしか入っていない。

「ああ。あれは、しばらく大きな天災は無いけど、まあ一応気を張っておけって事だな」

そう答えを教えられ、なんとなく分かったような分からないような。

しっくり来ないものの、お告げというものは非常に抽象的だという事はなんとか理解した。


「へえ……それで、タケル様は何をしに行ったの?」

カヤが聞いていた限り、翠とはお告げに関して会話らしい会話はしていなかった。

唐突に部屋を出て行ってしまったタケルがどこへ何をしに行ったのか、さっぱり分からない。

「高官達の所だろ」

えらく断定的な言い方だ。

「何をしに?」

「北の地での水路建設を行うように伝えに行ったんだよ」

まるで『タケル本人』のような物言いに、妙な気持ちを抱く。

「……え?翠もタケル様も一言もそんな会話してなかったよね?なんでそんな事分かるの?」

一人だけ分かっていなかった自分の方が異質のような、そんな感覚に陥ってしまいそうになる。

戸惑う空気に気が付いたのか、翠はカヤを安心させるかのように少し微笑んだ。

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