【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
その後、カヤは膳から村外れにある一軒の家を与えられた。

本当ならば売り物では無くなってしまったカヤなど、すぐに村から追い出したい所だろうから、それは大変に意外な行為であった。

「全く、翠様のご命令でなければこんな娘……」

道中、膳はずっとぶつぶつ愚痴を口にしていた。

察するに、あの翠様という人間はこの偉そうな男よりもずっと上の立場らしい。
その翠様からの直々の命令のため、渋々とカヤに住まいを与えてくれるようであった。

「小娘がどう生き延びるか見ものだな」

膳はカヤを家まで案内すると、捨て台詞を吐いて帰っていった。
最後の最後まで人の神経を逆なでするのが上手い男である。




「……なんだこれ」

気を取り直して家の中を見渡したカヤは、思わず呟いた。

どうやら膳がカヤに与えたのは、長年誰も住んでいなかったらしい空き家だった。

それも、見事な程に朽ちかけている。
なぜ今もこうして建っていられるのかが不思議な程だ。

天井の端の方は蜘蛛の巣が重なりすぎているため、薄っすら白く見える。

落ち葉やら土やらは無遠慮な程に家の中に入り込んでいるし、壊れた農具らしき塊は奥に積み重なって雪崩を起こしていた。


どこをどう手を付けて良いのか分からない。
悲劇とも言える家の惨状に、カヤの思考は停止した。


(明日になったら家の下敷きになって潰されてるんじゃ……)

不安になるが、今日ここまでなんとか崩れずにいてくれた、この家を信じるしか無い。

ひとまず心身ともに疲れていたカヤは、床の一部だけ軽く手で履いて、腰を下ろした。


壁に背中を預け、一息付く。
なんだか、久しぶりにゆっくり座った気がした。


"さて、これからどうやって生きようか"

当然の考えが頭に浮かんだ。
そして、言いようの無い不安に胃が捩じ切れそうになって、カヤは自らの膝を強く抱いた。

(こんなはずじゃなかったのに……)

本当なら、こんな得体の知れない国になんて居なかった。
満ち溢れんばかりの希望に胸を躍らせ、今頃せっせと旅を続けているはずだったのに。

それなのに間抜けな事に人攫いにあって、僅かな金貨が入っていた荷物もどこかへ落としてきてしまった。

元々消えかけていた道とは言え、今やそれすら完全に消えてしまっている。

まっさらで何も無い箇所に、この無防備な足を下ろす勇気も無い。


(しばらくは、この国で生きていくしか無いのか……)

願わくば、さっさとこの変な村は出てしまいたいのが本音だ。
しかしこの国を出た所で、何も持たない自分はすぐに野たれ死ぬのが関の山だろう。

旅が出来るような準備が出来るまで、この得体の知れない国で生きていくしかない。


気が重くなり、カヤは膝小僧に顔を埋めた。

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