【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
解かれて自由になっている髪が、ざらりと頬に触れてうざったい。
八つ当たりするようにその金を握りこんだら、ふと白く美しいあの人の指が思い出された。
(……翠様、か)
その名を耳にした事は何度かあった。
"神の声の代弁者"
そう、確かそんな俗称で呼ばれていた気がする。
カヤの国の人間が、まことしやかにそう語っていた事があった。
強大な巫術の力を身に宿し、その神秘的な力で女性ながらにして一国を治めている神官様が居るらしい、と。
噂話に疎いカヤでさえ知っているのだ。
先ほどのような無礼な発言をして良い人物では無かったはずだ、という後悔の念がじわじわ溢れてきた。
しかし口にしてしまったものは仕方が無い。
もし次に会う時があったら、怒りを買うような物言いは辞めておこう。
二度と会う事も無いだろうが、ぼんやりとそう考えた時だった。
「……あのー」
「ひっ!?」
入口から聞こえたか細い声に、飛び上がり掛けた。
今にも崩れそうな入口から、女の子がひょっこりと顔を出していた。
ほっぺたが丸くて、まるで桃のようだ。
年の功はカヤと同じぐらいに見て取れる。
「あ、いきなりごめんなさいです。私、隣の家に住むナツナという者です」
間の伸びたようなおっとり口調からは、悪意は感じ取れない。
しかし、カヤは溢れんばかりの警戒心を滲ませながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……何か御用でしょうか?」
「御用というほどでも無いのですが、貴女がこの家に住むと聞いたので、ご挨拶をしに来たのです。どうぞよろしくお願いしますね」
ニコリと屈託なく微笑まれるが、カヤは言葉を返さなかった。
いや、正確には返せなかった。
今まで自分の髪は稀有なものだとは自覚していたが、よもや大金になるのだと言う考えに至った事は無かった。
人攫いに合い、今更ながらに初めてそれを実感したのだ。
となれば、この見知らぬ国では、自分以外すべて敵のようなものだ。
警戒しないわけが無かった。
黙りこくるカヤに、ナツナはぱちぱちと瞬きを繰り返す。
カヤが一切返事をしなかったので戸惑っているようだ。
「あの、もし良かったら何かお手伝いする事はありませんですか?」
冷えた空気を和らげようとしたのか、ナツナが焦ったように口を開いた。
「ほら、このままじゃ住めないと思うので、お掃除とかお手伝い致しますよ!」
「結構です」
ぴしゃりと言い放つと、ナツナの笑顔がそのまま凍り付いた。
「でも、あの……せっかくお隣同士ですし、仲良くして頂けませんか?」
失礼な態度を取っているのに、ナツナは怒りを見せなかった。
それどころかこちらを伺うようにして下手に出てくる。
八つ当たりするようにその金を握りこんだら、ふと白く美しいあの人の指が思い出された。
(……翠様、か)
その名を耳にした事は何度かあった。
"神の声の代弁者"
そう、確かそんな俗称で呼ばれていた気がする。
カヤの国の人間が、まことしやかにそう語っていた事があった。
強大な巫術の力を身に宿し、その神秘的な力で女性ながらにして一国を治めている神官様が居るらしい、と。
噂話に疎いカヤでさえ知っているのだ。
先ほどのような無礼な発言をして良い人物では無かったはずだ、という後悔の念がじわじわ溢れてきた。
しかし口にしてしまったものは仕方が無い。
もし次に会う時があったら、怒りを買うような物言いは辞めておこう。
二度と会う事も無いだろうが、ぼんやりとそう考えた時だった。
「……あのー」
「ひっ!?」
入口から聞こえたか細い声に、飛び上がり掛けた。
今にも崩れそうな入口から、女の子がひょっこりと顔を出していた。
ほっぺたが丸くて、まるで桃のようだ。
年の功はカヤと同じぐらいに見て取れる。
「あ、いきなりごめんなさいです。私、隣の家に住むナツナという者です」
間の伸びたようなおっとり口調からは、悪意は感じ取れない。
しかし、カヤは溢れんばかりの警戒心を滲ませながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……何か御用でしょうか?」
「御用というほどでも無いのですが、貴女がこの家に住むと聞いたので、ご挨拶をしに来たのです。どうぞよろしくお願いしますね」
ニコリと屈託なく微笑まれるが、カヤは言葉を返さなかった。
いや、正確には返せなかった。
今まで自分の髪は稀有なものだとは自覚していたが、よもや大金になるのだと言う考えに至った事は無かった。
人攫いに合い、今更ながらに初めてそれを実感したのだ。
となれば、この見知らぬ国では、自分以外すべて敵のようなものだ。
警戒しないわけが無かった。
黙りこくるカヤに、ナツナはぱちぱちと瞬きを繰り返す。
カヤが一切返事をしなかったので戸惑っているようだ。
「あの、もし良かったら何かお手伝いする事はありませんですか?」
冷えた空気を和らげようとしたのか、ナツナが焦ったように口を開いた。
「ほら、このままじゃ住めないと思うので、お掃除とかお手伝い致しますよ!」
「結構です」
ぴしゃりと言い放つと、ナツナの笑顔がそのまま凍り付いた。
「でも、あの……せっかくお隣同士ですし、仲良くして頂けませんか?」
失礼な態度を取っているのに、ナツナは怒りを見せなかった。
それどころかこちらを伺うようにして下手に出てくる。