御曹司は偽婚約者を独占したい
だけど、それを寂しく思う反面、有り難いと思ってしまう自分がいる。
あのときは近衛さんに、「またお店に来てください」なんて言ったけれど、実際に彼が来店したら、私は今まで通りに接していける自信がなかった。
それほど彼と過ごした時間は鮮烈で、まだ消化するには時間の足りない恋だった。
近衛さんを忘れるには──まだまだ時間が必要だ。
「マスター、そろそろクローズの札を出しますか?」
彼は、今日も来ないだろう。
ラストオーダーの午後七時半にお客様がいない場合は、クローズの午後八時を待たずにお店を閉めるのが通例だ。
カウンターから厨房を覗いてマスターに声をかけると、事務所の奥からヒョッコリと見知った顔の男の子が現れた。