御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「あのね、ノブくん。そもそも、私と近衛さんは──」

「おーい、知花さん。お客さんだぞー」


けれど、真実を告げようと口を開いたら、フロアに出ていたマスターに呼ばれた。

近衛さんとの関係を説明しようとした言葉は止められた上、ノブくんには「お客さんじゃない? 早く行きなよ」と、迷っていた背中を押されてしまう。


「あ、あの、ノブくん──」

「ごめん、このあと合コンの子と会う約束してるから、話の続きはまた今度!」


そう言って、颯爽と裏口から出ていこうとするノブくんを引き止めることはできなくて、結局私は真実を打ち明けることもできなかった。

ひとり、残された場所で立ち竦む私の頭の中は、未だに混乱で揺れている。

それでもお客様を待たせるわけにはいかないから、踵を返すとフロアへ向かう足を早めた。


「マスター、お客様って……」


──時刻は、閉店間際の、午後七時半。

いつもなら、お客様がいなければ、お店はクローズにしてしまう時間だ。


「え……」


だけど、思わぬ人の来店に、私はその場に立ち竦んで息をのむ。

──視線の先には、相変わらず品の良いスリーピーススーツに身を包んだ近衛さんがいた。

久しぶりに会う彼は当たり前に隙がなく、凛と背筋を伸ばしてこちらを見ている。

 
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