御曹司は偽婚約者を独占したい
「知花さんに、用があるって。店の前にはもうクローズの札を出してあるから、こちらのことは気にせずに、ゆっくりと話しをしておいで」
マスターは、先程の私とノブくんの会話から、また何かを察してくれたのだろう。
私の肩にポンと手を置き、バックヤードへと戻っていった。
残された私は……突然のことに狼狽えてしまい、微動だにすることができない。
どんな顔をすれば良いのかもわからず、どうして彼が突然現れたのか、何ひとつ、答えを見つけることができなかった。
「……コーヒーを、頼んでもいいかな」
しばらくして、重い沈黙を破ったのは、近衛さんだった。
その言葉にハッと我に返った私は、慌ててゴクリと喉を鳴らすと、真っすぐに彼を見つめた。
そうだ……。今、彼はお客様だ。 そして私は、彼を案内するフロアスタッフ。
「す、すみません……! お好きなお席へどうぞ」
慌てて口を開いた私はレジカウンターに置いてあった伝票を手に取ると、ぎこちない動きで彼を店内へと案内した。
そうして、お決まりの──窓際の席へと腰を下ろした彼を前に、「ご注文はいかがなさいますか?」と尋ねる。
すると彼は座ったまま、ふっと私を見上げると、思いもよらない言葉を口にした。