御曹司は偽婚約者を独占したい
「……かしこまりました」
そうして私は頭を下げると、カウンターへと足を急がせた。
鼻の奥がツンと痛んで、少しでも気を緩めたら、涙が零れてしまいそうだ。
カウンターの中に戻り、銀色のティースプーンを見つめる。
小さな円の中には淡いライトと一緒に、揺れる自分が映り込み、光の線が一筋、頬を伝う涙のように光っていた。
──ねぇ、近衛さん。あなたの本心は、どこにあるんですか?
振り返れば約二ヶ月前に、はじめて彼を見たときから、私は彼に心惹かれていたのだと今更になって自覚する。
凛と佇む姿と、コーヒーカップに口付けるまでの、ひとつひとつの綺麗な所作。
色気を含んだ耳に心地の良い声と、芸術品のように美しい容姿は、いけないとわかっていても、見惚れずにはいられなかった。
恐怖から救ってくれた彼の頼もしさと優しさは、私と彼の距離をほんの少し縮めてくれた。
同時に、私と彼の住む世界の違いを見せつけられて、切なさも覚えてしまった。
仕事のためなら、どれだけ労力を使っても惜しまない。
常識では測れない仕事姿勢は、きっと常日ごろから、揺るぎないものなのだろう。
仕事のためなら偽のフィアンセさえつくり、エンゲージリングまで用意した彼に戸惑いもしたけれど、仕事に真摯な彼の姿勢は、決して嫌いにはなれなかった。