御曹司は偽婚約者を独占したい
コーヒーの香りに包まれた苦いキス。
彼と過ごした、夢のような時間もすべて──私はきっと、忘れることはできないだろう。
何より……私の淹れるコーヒーは、自分にとって特別な一杯だと言ってくれたことが嬉しかった。
……ああ、なんだ。
思い返すと私は彼に、何ひとつ、大切なことを伝えられていない。
こんなに彼に惹かれているのに、いつだって遠くから見つめていることしかできなくて、手の届かない相手だと諦めてばかりで、少しも動こうとはしなかった。
──最初から、ダメで元々だったじゃない。
それなのに、やる前から諦めるなんて、私らしくなかった。
「……ふぅ」
目を閉じて、改めて彼の姿を瞼の裏に思い浮かべた。
ひとつ深呼吸をした後で、棚に並べられたコーヒーカップに手を伸ばす。
くるりと円を描くように光る、真っ白なコーヒーカップ。
その真ん中を見つめながら、先ほど近衛さんに言われた言葉を思い出した。