御曹司は偽婚約者を独占したい
『今の君から見た、俺にあった一杯を、お願いしたい』
──今の私から見た、近衛さんにあった一杯。
日々の暮らしを一冊の本に例えるなら、コーヒーは、本に挟む栞のようなものだと思う。
流れる時間の中に、ふと足を止め、休息をくれる。
心をほぐし、瞼を閉じて──本当の自分と、見つめ合う時間をくれる存在だ。
「……よしっ」
心臓を落ち着かせるように、小さく息を吐いた私は、とても静かに瞼を開けた。
コポコポと弾むような音を立てて注がれるコーヒーは、美しく艶やかな、飴色をしている。
立ち込めるほのかな香りを吸い込むと、表情は自然と緩み、胸いっぱいに幸せが広がった。
真っ白なミルクを加えれば、ふたつは溶け合うようにカップの中で交り合っていく。
ゆらゆらと、円を描くように重なっていくふたつは、ふとしたときに動きを止めるのだ。
カップとティースプーンをセットし、トレーの上にすべてを乗せると、私はカウンターを出て再び、彼の元へと足を運んだ。