御曹司は偽婚約者を独占したい
「……お待たせしました」
軽く頭を下げ、そっと彼の前にカップを置く。
すると近衛さんはポーカーフェイスを崩して片眉を持ち上げ、そばに立つ私を見上げた。
「これが、今の私から見た、あなたに合う一杯です」
そんな彼を前に、ゆっくりと口を開いた私は、自身の胸に手を当てる。
トクトクと小さな音を立てる心臓は今、彼を前にしても不思議と落ち着いたままだった。
「こちらは、カフェ・ラテになります」
それは、今の私から見た──彼に合う一杯だ。
濃い苦味の中に潜むコクは、たっぷりのミルクのほのかな甘みと絶妙にマッチする。
そしてこれは……私が父にはじめて、お金を払って飲ませてもらったコーヒーでもあった。
「どうぞ、お召し上がりください」
私の言葉を合図に、彼はカップに手を伸ばし、ハンドルに指をかける。
長く、綺麗な指がカップを持ち上げると、またゆらゆらと、カフェ・ラテの表面が揺れ動いた。
ふと、顔の前で手を止めた彼は香りを楽しむように目を閉じる。
そのまま、ゆっくりと目を開けると──そっと、キスをするようにコーヒーカップに口付けた。