御曹司は偽婚約者を独占したい
「だから、もう気にしないでください。私は大丈夫で──」
「──お会計、いいですか」
そのとき、カウンター越しに低く甘い声をかけられた。
「大丈夫ですから」とマスターに言いかけた言葉を止めて声のした方へと振り向くと、レジ前には〝窓際の彼〟が立っていた。
綺麗なアーモンドアイ。
黒曜石のような瞳と目が合って、思わず頬が熱くなる。
「あ……っ。す、すみません……っ!」
突然のことで声が上擦ってしまった。
死角に立っていたマスターも彼が席を立ったことに気が付かなかったようで、身を乗り出しながら「申し訳ありません」と頭を下げた。
急いで手に持っていたトレーを置いて、カウンターの隅に備え付けられたレジまで移動する。
仕事中に雑談していてお客様に呼ばれるまで気が付かないなんて、失礼にも程がある。
既に台に置かれていた伝票を手に取り、再度「申し訳ありません」と頭を下げたあとも、彼の顔を真っすぐに見ることができなかった。