御曹司は偽婚約者を独占したい
「マスター、すみません……っ! お客様の忘れ物を届けてきますっ」
私は慌てて本を手に取り、店を出たばかりの彼のことを追いかけた。
扉を開けるとカランカラン……という可愛らしいベルの音が響く。
店先で辺りを見回すと、交差点で信号待ちをしている彼を見つけた。
そうして、よかった、まだそこにいた──と考え胸を撫で下ろした私は、慌てて駆け出そうとしたのだけれど、
「あ、あの──っ!?」
「……美咲ちゃん」
──えっ?
次の瞬間、背後から突然腕を掴まれ身体が大きくよろめいた。
なんとか足を踏みとどまって身体を支えたけれど、危うくひっくり返るところだった。
「お疲れ様。待ってたよ」
耳に触れたのは、もう聞き慣れてしまったネットリとした湿った声だ。
弾かれたように振り向けば案の定、今日も黒いパーカーを羽織ったクロスケさんが、仄暗い街灯の明かりを背負って立っていた。
「え、あ……どう、して……」
困惑と動揺で、声が震えた。
そんな私の心情を汲むつもりもないだろうクロスケさんは、怯える私を見てニタリと笑う。