御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「や……っ、やめ……っ」


なんとか絞り出せた声は、途切れ途切れで言葉にならない。


「美咲ちゃん、ほら、早く歩いて? 言う事聞かないと、優しい俺もいい加減怒るよ?」


怖い。
恐怖で身体が強張って、自分のものではないみたいだ。

抵抗したいと思っても、相手が男の人だというだけで身体はこんなにも簡単に言うことをきかなくなるのだろうか。

掴まれた腕はギリギリという聞こえないはずの音が聞こえそうなほど痛んで、余計に恐怖を増長させる。


「またあの、うるさいマスターに見つかったら、面倒くさくなるんだから──」

「何をしている?」

「──っ!!」


そのとき、背後から低く冷静な声が投げかけられた。

慌てて振り返るとそこには窓際の彼が立っていて、溢れた涙が一筋、頬を伝って零れ落ちた。


「彼女、嫌がっているのでは? 離してあげたらどうですか」


一聴すると穏やかだけれど、有無を言わさぬ力強さのある声だ。

凛とした佇まいが、言葉を更に強くする。


「な、なんだよ、お前っ。俺は今から美咲ちゃんと遊ぶんだ! 関係ない奴は、あっちに行けよ!」

「……痛、っ」


クロスケさんは突然の彼の登場に酷く動揺したようで、私の腕を掴む手に力を込めた。

あまりの痛さに顔が歪む。

その腕を窓際の彼は一瞥すると、再び真っ直ぐにクロスケさんへと目を向けた。

次の瞬間、綺麗な黒い瞳からは完全に温度が消えて、思わず肌が粟立った。

 
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