御曹司は偽婚約者を独占したい
「生憎、全く関係ない奴……というわけでもないんだよ」
──怒っている。
そう感じるのは、先ほど話したときの声とは、まるで柔らかさが違うからだ。
声だけではない。口調も、雰囲気も、先ほどまでの紳士な彼とは違っている。
「とりあえず、彼女の腕を掴んでいるその汚い手を、今すぐ離せ」
こちらを見る彼の表情も陰っていて、思わずゴクリと喉が鳴った。
瞳は冷たさを増して、苛立ったように前髪をかきあげた彼は真っすぐにクロスケさんを睨んでいた。
「これ以上、俺を苛立たせるな。早く離せ」
「な、なんでだよ……っ。なんでお前に、そんなこと言われなきゃ──」
「美咲。こっちにおいで」
そのとき、不意に彼が私を呼んだ。
突然のことに驚いたけれど、心臓は応えるようにドクリと大きな音を奏でる。
「……美咲」
私を呼ぶ彼の声は澄んでいて、それだけで冷たくなっていた指先に温度が戻っていくのがわかった。
飼い主に呼ばれた忠犬は、こんな気持ちなのだろうか──なんて、バカなことまで考えた。