御曹司は偽婚約者を独占したい
「な、なんだよ、美咲って……! 美咲ちゃんは、俺のものなのに馴れ馴れしく呼びやがって……っ」
だけど、おかげで一気に現実へと引き戻された私は、心を整えるように一度だけ小さく息を吐いた。
不思議と辺りがモノクロに見えて、今、目の前に立つ彼だけが鮮明に色づいて見える。
──もう、大丈夫。
「……申し訳ありません。私を掴んでいる手を離してください」
「え……み、美咲ちゃん?」
「離してくださらないのなら、今すぐ大声を上げて警察を呼びます」
言葉は唇から滑り落ちるように出ていた。
顔を上げ、クロスケさんを真っ直ぐに見返すと、私はキュッと唇を引き結ぶ。
「何か勘違いをさせてしまっていたとしたら申し訳ありませんでした。でも、この機会にハッキリと言わせていただきますと、私が黙ってあなたのお話を聞けたのは、私が従業員であり、あなたがパレットのお客様であったからです」
それ以上でも、それ以下でもない。
そして今後、クロスケさんと今以上の関係になるつもりもないんだ。
「だから、今後も今までのようにお誘いをいただいても、お受けするつもりはありません。待ち伏せも、今日限りにしてください」
初めてキッパリと、拒絶の意思を表した。
今、クロスケさんが私に何かを期待しているとしたのなら、それは私が曖昧な態度を取り続けたことにも原因があるのだろう。
もちろん、そうだとしても彼の行為は許されることではない。
友達でもなんでもない相手を……ましてや女性を待ち伏せて、恐怖を与えることなどあっていいはずがない。