御曹司は偽婚約者を独占したい
「本当に……美味しいです」
こんなふうに家で誰かにコーヒーを淹れてもらうのは、何年ぶりだろう。
最後に淹れてもらったのは──ああ、そうだ。
実家で、バリスタをしていた父に淹れてもらった一杯が、最後だった。
「お気に召したみたいで良かった」
そう言って、隣で近衛さんもコーヒーカップに口をつける。
ただコーヒーを飲んでいるだけなのにとても画になって、思わず見惚れずにはいられなかった。
……本当に、綺麗な人だ。天は彼に、二物も三物も与え過ぎだと思う。
「……確かに。コクの中に僅かな甘みがあって、不思議と癖になる味だな」
ふっと口元を綻ばせた彼は、再びカップに口をつける。
まさか、二人で肩を並べてコーヒーを飲むことになるなんて、つい数時間前までの私は想像もしていなかった。
近衛さんは、私が憧れていた〝窓際の彼〟なのだ。
いつもいつも、お店で彼の姿をカウンター越しに眺めているだけの相手だった。
カップを持つ長くて綺麗な指も、芸術品のように美しい横顔も、どれだけ見ていても飽きなかった。
椅子に腰掛けているときの姿勢の良さも、帰り際に渡される「ごちそうさま」の一言も、私にとってはどれもが特別で──。
絶対に手の届かない、憧れの人だと思っていた。