御曹司は偽婚約者を独占したい
「次回は、美咲に淹れてもらおうかな」
「え?」
「俺が淹れたコーヒーと、飲み比べるのも面白いかもな」
カップから口を離して告げられた言葉に、鼓動がトクリと小さく跳ねる。
いつも遠くから眺めることしかできなかった彼が今、手を伸ばせば触れられる距離にいる。
彼の言う〝次回〟なんて、本当にあるのだろうか。
そんなことを言われたら、バカな私は淡い期待を抱かずにはいられないのに……。
「美咲は、どうしてあの店でバリスタをやっているんだ?」
「え?」
「仮にもフィアンセのことだし、知っておいて損はないだろう」
返事に迷っているうちに、コトン、とカップを置いた彼は、私の瞳の奥をのぞき込んだ。
逃げるように視線を手の中のカップへと落とした私は、また言葉に詰まってしまった。
〝フィアンセ〟なんて、真実ではないのだから、彼が私を知って得するようなことは、ひとつもない。
彼の上司の結婚披露宴後に行われるパーティーが終われば、私たちの関係もすぐに解消されるのだから、知っても意味のないことだ。