御曹司は偽婚約者を独占したい
「……は? 婚約者?」
「ああ、そうだ。もしかして、聞いてなかったかな? まぁ、正式に決まったのは最近だから、君が聞かされていなくても仕方がないな」
そう言うと、近衛さんは立ち上がった私の肩を抱き寄せた。
慌てて彼から離れようとしたけれど、私を抱き寄せた手は力強くて、離れることは許されなかった。
「で、でも、美咲さんは、随分前から付き合っている人はいないって言ってたし……!」
「付き合っている奴はいなくても、婚約者ならいたってだけの話だろう」
「だから、その婚約者ってなんだよ……っ。付き合ってなきゃ、婚約なんてしないだろ!」
そろそろ、周りのお客さんの視線が気になってきた。
けれど、私たちと同様に立ち上がり、息を切らすノブくんとは反対に、近衛さんは終始落ち着き払っていた。
「君の言うことは、ただの一般常識に過ぎないな。俺は、ごく身近な人間が、ほぼ初対面の相手と結婚した姿を見ている。だから、今では結婚や婚約に至るまでの期間は、あまり気にならなくなったんだ。もちろん、そのふたりを見るまでは、俺も君と同じように考えていたから、君の気持ちもよくわかる」
最後に、何かを思い出すように小さく笑った近衛さんは、再び真っすぐにノブくんを見据えた。