初恋をもう一度。【完】
ドアの音に驚いたのか、ピアノの音がピタリと止んだ。
あの時と同じように、電気もついていない。
「田崎です。鈴木くんだよね?」
しんとした音楽室に、わたしの声が響く。
「……なんだ、奈々ちゃんか。びっくりした」
グランドピアノの脇からひょこっと顔を出して、鈴木くんはにっこり笑った。
「今日は伴奏、お疲れさま。吹奏楽も」
「ありがとう。あ、驚かせてごめんなさい」
わたしは彼の元に近づきながら言った。
「鈴木くんの音が聴こえてきたから、つい……」
「俺の音? わかるの?」
「うん。鈴木くんの音、すごく好きだから」
好きだから、と言ってしまってから、ピアノの音の話なのに急に恥ずかしくなった。
でも鈴木くんは、嬉そうに目を細めた。
「ありがとう。あ、俺も奈々ちゃんのピアノ好きだよ」
「……わたしの?」
一瞬、どうしてわたしのピアノを知っているんだろう、なんて思ったけれど、よく考えたら、わたしは伴奏をしていたのだ。
わたしのピアノは、合唱の練習ではもちろん、ついさっきコンクールでも披露してしまったばかりだ。
「タッチが優しくて繊細で、俺すごく好き」
すごく好き。
鈴木くんが、わたしのピアノをすごく好きだと言ってくれた。
お世辞でも、とても嬉しかった。
「あ、えっと、ありがと」
ただ好きで弾いているピアノだけれど、やっててよかった。
ピアノを通して、こうして鈴木くんに少し近づけて、鈴木くんに恋をしてよかった。