初恋をもう一度。【完】
「ねえ、奈々ちゃん」
ポロンポロンと鍵盤を触りながら、鈴木くんがわたしに笑みを向ける。
やっぱりドキドキしてしまう。
男子の指なのに、細くて長くて綺麗。
こぼれる音色がとても柔らかくて、うっとりする。
「奈々ちゃんはどんな曲が好きなの?」
「え、わたし? わたしは……さっきのプーランクも好きだし」
「うん」
「あとは……あ、ショパンのプレリュードの」
「プレリュードの? どれ?」
「えーっと……番号とかわからなくて」
「そっか」
鈴木くんは軽く微笑んで、それから両手をすっと鍵盤の上に構えた。
「ショパンの前奏曲なら、24のプレリュードの4。俺はこれが一番好き」
そう言った彼の右手の親指が、消え入りそうなくらい弱いシの音を鳴らす。
あ……。
最初の音だけでわかった。
彼が弾き始めた曲は、さっき言おうとした、わたしが一番好きな曲だ。
それにしても、なんて切ない音を紡ぐんだろう。
今まで、いろんな人がこの曲を演奏するのを聴いた。
でも。
わたしは鈴木くんの奏でるこの曲が、間違いなく一番好きだと思った。
外は少し日が暮れて、夕焼けが音楽室に差し込んできている。
夕日を浴びながらピアノを弾く鈴木くんを見ていたら、胸がきゅうっと締め付けられた。
プレリュードは静かに静かに始まって、一瞬だけ激情を垣間見せ、また消えるように終わる。
とても短いこの曲は、まるで線香花火みたいで、もの悲しいけれど美しい。
「……これだよ、わたしが好きな曲」
演奏を終えた鈴木くんに伝えたら、彼は「そっか、一緒だね」と、とても優しく目を細めた。
その瞳に、笑顔に、声に、心臓を鷲掴みにされた。
わたしの、初恋の瞬間だった──。