初恋をもう一度。【完】
「このこと、誰にも秘密だよ」

ピアノの椅子から立ち上がった鈴木くんは、優しく微笑んで言った。

「このこと?」

「俺がピアノ弾けること。ここで俺に会ったこと。全部2人だけの秘密ね」

「うん、わかった」

ピアノが弾ける男子、すごくかっこいいと思うのに……どうして秘密にしたいんだろう。

そう思ったけれど、そもそもわたしは、今日のことを誰かに言うつもりは全くなかった。

今日のこの時間は、わたしにとって、誰にも知られたくない宝物だから。

「約束だよ?」

「うん。誰にも言わない」

「じゃあ、またね、奈々ちゃん」

鈴木くんはもう一度優しく微笑むと、第2音楽室から出ていった。

2人だけの秘密。

その響きにとてもドキドキしながら、わたしはピアノの前に腰かける。

伴奏の練習をしようと思ったけれど、そんな気分じゃない。

右手の親指をシの鍵盤に軽く乗せて、左手は最初の和音の上空に構える。

今さっき鈴木くんが弾いてくれた演奏を思い出しながら、わたしはショパンのプレリュードを弾き始めた。

1小節進むごとに、鈴木くんの笑顔と声が浮かんで、すごく幸せな気持ちになった。
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