フェイク×ラバー
そうか、一人娘なのか。
だから狼谷 はじめは次期社長、なんて噂が出回っているのか。
あれ? となるとはじめは、この子と結婚して入り婿になるの?
自分には全く関係のないことを考えていた美雪ではあったが、ふと視線を感じた。
「な、何か……?」
視線の主は、雫だった。
そこまで敏感な方じゃないけど、目の前の雫からは、わかりやすく敵意を感じる。
「この人、ホントにはじめくんの彼女なの?」
「そうだよ」
「なんか嘘っぽい」
女の勘、ってやつなのかな。
見事見抜いてみせた雫ではあるが、はじめが易々と認めるはずもない。
「嘘っぽいって言われても、彼女だからね」
安定の王子様スマイルを浮かべ、美雪の手を握る。
「ふ~ん……」
納得していない様子の雫に睨まれ、美雪は苦笑いを返すしかない。
こういうとき、自分は何も言わない方が良いのだ。
「雫、何してるの? いらっしゃい!」
「はーい! はじめくん、待たね」
母親に呼ばれた雫は、ピンクのドレスの裾を翻し、駆け出した。
「……あの子、絶対狼谷さんのこと好きですよね?」
雫が去ってようやく、美雪は話ができる。
「だろうね。けどあれは、“すりこみ”みたいなものだよ」
美雪の手を握ったまま、はじめが笑う。
「でも社長になるなら、あの子と結婚するんじゃ……」
「社長? ああ、あの噂のことか」
社内ではそれなりに有名な噂。
次の社長は甥の狼谷 はじめ──その噂は、当人の耳にも届いている。
「本当なんですか?」
「ノーコメント──というか、そんな話、一度もされたことないよ」
「え? でも……」
「周りが勝手に言ってるだけ。祖父も叔父も、まだそこまで考えてないよ」
「そうなんですか……」
意外な真実に、拍子抜けしてしまう。
まあ、一社員でしかない自分にとって、次の社長が誰かなんてこと、気にしてもしょうがないから。
「そろそろ出よう。母から連絡が来た」
「わかりました」
「────はじめ!!」
チャペルを離れようとする二人を呼び止めたのは、本日の主役の一人、花嫁の佐野 香穂子だった。
「もう帰るの?」
真っ白なウェディングドレスが眩しい。
はじめと香穂子は、高校時代の同級生。
実のところ、兄の怜よりも、弟のはじめの方が付き合いは長いのだとか。
「帰るよ。……おめでとう、義姉さん」
「ありがとう。ねえ、もしよかったら、一緒に写真撮らない? 一枚くらいいいでしょ? 美雪さん、だったよね。あなたも一緒に」
「いや────」
「写真を撮る時間くらい、あるだろ?」